京都の新しい住み処は四方がお山です。
お山の春は、常緑の杉や檜の森にところどころ色を入れていく、厳寒の頃の梅、雪中のロウバイ、コブシ、桜…とお花に先導されながらゆっくりゆっくりと進みました。
光に向かって一心にのびる!
四月から五月にかけていよいよ木々の新芽が芽吹き始めると、お山は柔らかく優しい色合いに包まれていきました。
木々の枝から萌え出す新芽。姿現し伸びながらねじりながら葉の手を広げるそのとき、
「出れたー!ぷっふぁ〜」と(笑)
新芽は満足し安堵して、同時にうきうきしているようでした。
新芽が出たお山の木々は光にきらめき風にさざめきました。
外へ出て光と風に出逢えた歓びでダンスしているようでした。
ゴールデンウィークの頃に、家のすぐそばに最後まで枯れ木のように立っていた木にも、
とうとう葉っぱが出始めた!
そうして木々の新芽が出揃ったところで「立夏」。夏を迎えるのですね。
夏を迎え、木々の緑は光に向かって一心に伸びていきました。
新緑が発散する生命力はそれ自体が光のようでまぶしいです。
お山を歩きながら私はまぶしい空気を光ごと吸い込んでいました。
この季節、鞍馬山では「五月満月祭」がありました。
“五月満月の宵に、山内の僧侶がつどい、満月に灯りを捧げ清水を供えて、宇宙の大霊より大いなるお力をいただき、自己の魂のめざめを祈る儀式が鞍馬山で古くからひそやかに続けられて来た“
そうです。
同様の儀式がヒマラヤ山中やインドなどで今も行われていて「ウエサク祭」というそうです。
なるほど、これは…宇宙のお祭りなのだな、と私は理解しました。
満月は月と地球と太陽が一直線に並ぶときです。地球は月と太陽のちょうど真ん中に来ます。
そもそも物理的大きさも地球からの距離もケタ違いに全く違うはずの太陽と月が、地球から見ると同じ大きさに見えるという不思議…。しかも三者それぞれのリズムで常に動いている中でそうなるのですから。
満月に出会えるとき、私はこのことを思い出し、円満な月の光の美しさに感嘆します。
こんなことは神様にしかできませんが、その不思議であること、宇宙の調和の美、を感じられるのも地球の上に住む生きものの中で人間だけなのです。
お山は盛り上がった地球の肉体!
そんなことを思いながら、宇宙のお祭り五月満月祭に、私は稀有な機会と感じて初めて参列しました。
そして五月満月の日(今年は5/31)に、地球の心を感じてみますに…
地球はとても満足して安らぎ、同時にとてもうきうきしているのです。
アレ?
地球さん、新芽の気分と一緒なんですね。
そうか!と、ここで私はあらためて気づいたことがありました。
お山は〈盛り上がった地球の体〉なのでした。
お山に根を張る木々は〈地球のいのち〉を目に見えるようにしてくれています。
お山の新緑は初夏のこの季節に、地球さんの生命力と清い心をいっぱいに感じさせてくれるのですね。それをまぶしいほどに感じるのです。
地球が天に向いて勢いを増すこの季節の満月に、天界から一年で最も強いエネルギーがふりそそがれるというウエサク祭のお話しも、お山のそば近くに暮らして初めて頷けました。
今宵の満月。
月の美しさ。
太陽の温かさ。
地球はその真ん中にあって月と太陽の光を存分に浴びながら、
宇宙存在としての自らを歓喜し力強く感じている。
さてここから五月満月祭リポートです。
この日は朝からの薄雲も去って、夕方に鞍馬山の空は晴れました。
明るいうちからぞくぞくと皆さんお山に上がっておいででした。
早くから鞍馬寺本殿前庭でたくさんの人たちが静かに日の入りと、そして月の出を待っておられました。
今は僧侶だけでなく、志しある人はどなたでも、老若男女貴賤、国籍問わず、参列できるお祭りなのです。
夏の遅い日の入りを見送るように、近くの森でホトトギスがはっきりした輪郭で鳴きました。
山際の空が金銀の混色を変化させていくと今度は月の出を呼ぶように、水場のカエルが低く鳴きました。
祭儀が始まり、月がお山の上に上ってくると、人々の間に静かなどよめきが起こりました。
明るいオレンジの、見たことのない美しい満月の月の出でした。
いよいよ青の帳(とばり)が下りると、本堂のお山のすぐ上に、北極星と北斗七星が姿を現しました。
マントラが詠じられ、声明(しょうみょう、天地神仏への讃歌)が唄われ、現代語にされた聖詩を参列の私たちも皆声を合わせて唱えることができました。
一人一人が手に持ったロウソクに順々に火を灯していき、ゆっくりと天に掲げました。
何度かゆっくりとくり返された、一人一人の灯りが天に向かうその動きは、優雅で美しい宇宙ダンスのように見えました。
五月満月祭のお山に上った満月 鞍馬山
“五月満月祭の夜には、日常それぞれが追いかけている個人的願望を傍に置いて、心のなかの善願のうち一番清く大切な願いをひとつだけ、心をこめて祈れば聞き届けられる”
と言われているそうです。
一人一人がそのように祈れば、どれだけ宇宙の力となることでしょう!
この日は1500近い人がお山に参集したようですが、これだけ大勢の人々が集っているにも関わらず、お祭りは静かに厳かに粛々と祝われました。集った人のお顔も満月の光で静かな喜びに満たされているようでした。
月と太陽と地球は
私たちが灯す光を見ており、
私たちの声を聞いており、
私たちの心の清い祈りと共にあって歓んでいる。
たしかに、そう感じることができました。
壮大でした。
これぞ宇宙のパーティー❣️
宇宙自然も、人間とすべてのいのちと、悦びながら共にあれることを歓んでいるのです。
地球の上で暮らす生きものの兄姉としての人間が、このことを知ることが大切。
人間が宇宙自然の心を感じ、このように地球と宇宙と自然をお祝いすることが大切なのだ、それが現代でも出来るのだ!と思えた祝祭でした。
私も五月満月の祝福を受け、満月に献じられた聖水をいただき、大地の神様(魔王尊)の御守りもいただき、清められた感いっぱいでお山を下りました。
翌朝目が覚めると一瞬夢だったのかと思ったほど、何か集中して祝福された時空だったようです。
梅雨入りの日デンデン虫がお家にやってきた! ユックリとだね♡
私の心の中の善願……すべての生きものが幸せに生きれますように…
〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜
鉱物、植物、動物、人間。みな地球の上で生きている。
生かされている。
石も、水も、空気も、火も。みな地球のいのち。
宇宙の賜わりもの、生きもの。
もし宇宙由来(霊の存在)としての自分を感じたいなら誰でも、今よりもう少し多く戸外へ出て自然と親しむことが早道ではないかと、私は思います。何も遠くに出かけて行く必要はなくて、お家の縁側やお庭のお気に入りの場所で空を見ながら寛いだり、近くの大好きな木がある公園で緑の下でぼーっとしたりですね。
誰にでもできる簡単なことが普遍的な真実に通じていると思います。
忙しくしている時にはそんな時間すらもったいなく思ったり優先順位がひどく低かったりしますけれど…。
四季の廻り、自然の中にある動きは、宇宙のあらゆる動きを映しています。
自然の中で自然との交流、交感あれば、自分の中にある宇宙自然も共鳴して動き出し活発になります。
そもそも人間は宇宙自然の子ども。外界の自然と健全な呼吸をしていれば、内界の自然も今より健やかに、健康になることでしょう。
この夏、私は宇宙へと伸びていくお山の心と空気をいっぱいに吸いながら、宇宙に響く音楽と、自然が見せてくれるダンスを日々楽しもうと思います。
生きもの係の私(笑)、健康に息しながら、外界内界の宇宙へとのびのびと広がっていきたいです。
宇宙の祝福があなたの中にふりそそぐ!















