うちの下のポストオフィスにはとても素晴らしい人がいます。

配達品や小包みなどを担当するおじさん。
数日前に、お父さんの荷物を受け取りに行た時のことです。

いつもはすごい行列で並ぶのを諦めたくなるのがその日は前に2人しかいなかったから「これは早いぞ、ラッキー!」と思いながら並びました。

でも待っても待っても列が進まず、カウンターにいた中国人だと思われる人がずっと質問していなからです。並んでる側としてはちょっとイライラし始めたのですが、その担当者の方はずっと丁寧に受け答えしていました。

その中国人が去り、次の人の順番が来た時に「ごめんなさいね、前の方の質問が多くて。」と笑顔であやまっていました。それを見た瞬間、自分がイライラしていたことが情けなくなり、反省。

こんなハイペースな大都会で生活してると、よく周りが見えなくなる時があります。こんな環境だからこそ、感謝の気持ちや周りの人に優しくすることを忘れちゃいけないと思う。

そのことをリマインドしてくれた郵便局のおじさん、ありがとう。




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チャイナタウンの近くのアン・シャン・ヒルを通るたびに気になってたこのお店、「Lolla」。スパニッシュ・ビストロ・バーにしてはずいぶんと可愛いお店。なんとも凄く人気で、地下のダイニングホールだけが予約受け付け可能で、1階のカウンター席はウォークインのみ。今回は思い切ってwalk inしたけど、平日の夜7時前ってことでもかろうかと、運よく入れました!

カウンター席はこんな感じ。
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内装は暗めでオシャレ。シェフさんたちが目の前でお料理してくれます!i地下のダイニングホールよりこっちの方が開放感あってinteractiveで好きです(^^)

そして、ここの有名料理といえば、うにプリン!!ウニのデザート?と思ってたけど、デザートじゃなかった。。笑
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イカスミプリンの上にうにがどん!とーっても濃厚でめちゃくちゃ美味しい!

メニューは前菜、野菜、シーフード、肉、スープ、デザートと分けられてて、各種類が大体4~5品ぐらい。よく分かんなかったから適当にホタテのカルパッチョと野菜グリルを頼んだんだけど、どれも美味しかった!
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オリーブオイルとレモンと謎の赤いスパイスとホタテの相性が良くて、サッパリしてて美味しい!

野菜焼きも大好きなズッキーニ、ナス、ブロッコリーの組み合わせだったので大満足!
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見た目もかわいい!Portion was tiny tho! 

最後に出て来たのがラムのショートリブ。
とーっても香ばしいいのだけれども…
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とても脂っこい。。。脂身をよけて食べてたらお肉げほとんどなかった(^^;;
ラムシャンク的なものを想像してたからちょっと残念。見た目も中華っぽい!でもこんなもんなんだろうなー。隣の席で食べてた牛タンのグリルみたいのは美味しそうだったから次回はそれを頼んでみよう!

そして、お値段の方ですが、バゲットをプラスした4品、お酒無しで2人で$133ぐらい。カジュアル・ビストロにしてはちょっと高めかな~?でもウニプリンはオススメです!

地下のダイニングホールはこんな感じだよ~ 相席制らしいです!貸切とかだったらいいかもね(^^)
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::Lolla::

22 Ann Siang Rd
Singapore 069702
T: 6423 1228 


世界で最も美しい島ーボラカイ島、多くのホテルとお店、レストランが並ぶ7キロほどのホワイトビーチの向こうには永遠に続くエメラルドグリーンの海。


これは泊まってたStation 2にあるホテルの目の前のビーチから取った写真。海がめちゃくちゃきれい~!!

そしてボラカイでするアクティビティといえば。。。

①アイランドホッピング
現地のツアー会社(ホテルのツアーの半額ぐらい)で5時間のアイランドホップツアーに登録。

クリスタル・コーブという島で



洞窟巡りして。。



シュノーケリングして。。

プカビーチに行って来ました!



5月に行ったバリのビーチより100倍きれい!アイランドホッピングおすすめです。

②ボラカイの頂点、Mt. Luho
出発前のリサーチで、ボラカイ島全体を見渡せる Mt. Luhoという「山」があり、そこに行ってみた。ボルネオ島のキナバル山(約4000m)並みの山ではなく、シンガポールのブキティマ・ヒルみたいな小さな丘です。バイクタクシーなら15分ぐらいで展望台がある頂上付近までたどりつけます。





③美味しいスパニッシュ
ビーチ沿いのシーフードも美味しかったのですが、フィリピンはスペインの植民地だったこともあり、スペインの文化にも大きく影響されています。美味しいスペイン料理屋さんがあってもおかしくないですよね。

ボラカイで見つけたスペイン料理はBeach Station 1にあるここです。

Dos Mestizos




お昼だったので空いてたのですが、夜になるとけっこう混むらしいです。
お店の中もお洒落♥



パエリア美味しかったよ~

④D★MARTでお買い物(Beach Station 2)
ボラカイのショッピング街、屋台、レストランがすべてここに集約されています。

お店もお土産屋さんが多いのですが、中にはこんなお洒落な水着屋さんもw


かわいい水着がたくさんあって、フィリピンの地元デザイナーのブランドらしいです。
質もよさそうなので思わず購入。

⑤サンセット
これ、絶対に見なきゃ損です!今まで見たサンセットで一番きれいです!







20代最後ですが、久しぶりに「青春」を感じました。笑

今回の旅では、日本人観光客には殆ど出会わず、韓国人と中国人観光客ばかりでした。ローシーズンだったこともあるかもしれないけど、年末のハイシーズンは欧米人で賑わってるらしい。

今まであまり知られていなかったボラカイ島ですが、だんだん商業化、観光地化されてきているけど、プーケットやバリに比べるとまだまだ未開拓で、その分海も自然もきれいです。

ボラカイは食べ物も、景色も人もとてもいいのですが、一つだけ事前に知っておいた方がいいのは、フィリピンだけじゃなく、東南アジアの人たちは基本的に時間にルーズです。今回の旅で申し込んだアイランドホッピングツアーも朝9時にホテルでのピックアップだったはずが45分も待たされました。なので時間に余裕を持って予定をたてることをおすすめします。

9月上旬に親友Tちゃんと3泊4日のボラカイ旅行に行ってきました!それぞれ香港とシンガポール在住ということで、やや真ん中にあるフィリピンのビーチに行くことに決定。

ボラカイはフィリピン首都マニラ南部から約300キロぐらい離れた細長い島。2012年には「世界で最も美しい島」に選ばれている。海とリゾートが大好きな私にとっては絶対に行ってみたい場所の一つ!



ボラカイ島には空港がなく、島に行くまでには隣のPanay島に飛ぶ必要があります。Panay島にはカリボ空港とカティクラン空港の2つの空港があります。ボラカイ島に近いのはカティクラン。

シンガポールからはタイガーがカリボ空港まで直行便を出してるんだけど、カリボからボラカイに行くカティクラン港まで陸路で約2時間。。。今回はマニラ経由でセブ・パシフィック航空でカティクランまで行きました!タイガーの方が全然航空券安かったんだけど、着いてからの移動を考えるとマニラ経由が正解だと思います。マニラからは20人乗りぐらいのプロペラ機で約1時間。


プロペラ機はこんなかんじ!なかなか可愛いです。

カティクラン空港に着き、イミグレを通過すると、外にはカティクラン港に行くためのバイクタクシーがたくさんいて、それに乗って5分ぐらいでカティクラン港に到着。フェリーターミナルがそこにあります。そのフェリーというのも木のボードで横に変な羽みたいのが付いてます。



9月は雨季だからちょっと心配してたんだけど、1日目はとりあえず快晴!
そして方向音痴な二人が無事にボラカイ島につけて何よりです。(笑)
シンガポールに戻って来てから仕事やプライベートで新しい人に会う機会が多々あり、毎回のように聞かれるこの質問に悩まされています。Where are you from? / 何人ですか?

とても単純で簡単な質問なはずなのに。。。are you talking about my nationality? or where I was born? or where I'm living now? or where I grew up? 

It's like a million question, one of the hardest to answer because honestly, I have no idea myself.

パスポートはシンガポールだから、何人かって言われるとシンガポール人になるし。。。でも別にシンガポールが「HOME」かって言われても違和感あるし。。シンガポール人からも「あなた何人?」って聞かれるし。。かと言って生まれた中国もよく覚えてないし。中国語もまともに読み書きできないし、中国の習慣とかも分からないし。でも日本にいても外国人だし。わたしって一体なんなの?

学校での自己紹介の時も「生まれは中国、小学校は日本で、13歳からシンガポール。国籍はシンガポールです。」他の子は「日本人です」、「中国人です」、「シンガポール人です」と考えずに言えるのに、なんで自分だけ何人なのか自信を持って言えないんだろう。そんな自分が悔しかった。周りの人たちが羨ましかった。

When I was younger, I thought that I replied this way because I wanted to be different from the other kids. I don't want to be seen as a Singaporean, neither do I wanted to be seen as a Chinese. I'm not Japanese by blood either, but the culture that I'm most familiar with is probably Japan. I slowly realized that I just didn't know who I am or where I belong. Such identity crisis has been with me for the longest time and I wonder if I would ever find an answer.

It's not something that's bothering me in a negative way because it's something that makes me special. However, it is something that's always at the back of my mind and I believe a question that I would be asking myself over and over again throughout my life. I'm not trying to find an answer, but it's just interesting to see how my thoughts on this "identity" issue develops over time.

生まれてからの6年間、中国に住んでたけど、自分のアイデンティティがはっきり分かる前に日本に引っ越し、6年間、日本人と同じ生活をした。

Cross Roads


見た目も「外国人」ってわからなく、先生からもよく「外国人の中で一番日本人らしい」と言われてた。でも名前を聞くと日本人じゃないって分かるし、「何年何組の中国人の子」って言われるのがすごくいやだった。わたしはみんなと一緒になりたかった。日本みたいなhomogeneous societyでは外国人はやっぱり違う目で見られるけどね。幸い、私は多くの在日外国人が言うほどの「差別」やいじめを受けたことはなかった。

自分はこの先もみんなと一緒に日本で暮らして、日本で働いて、普通の日本人みたいな生活をするんだろうなーと思っていた時に、お父さんがシンガポールに引っ越すと言い出し。。。

日本意外の国で生活するなんて思いもしなかったし、学校のみんなと別れる(しかも外国)のはすごくいやだったし、シンガポールがどこなのかも知らなかったから、本当に本当に行きたくなかった。


Cross Roads


しかもシンガポールでは日本人学校じゃなくて現地の学校に入ると言われて、いやでいやで何回も何回もお母さんの前で大泣きした。

「お願いだから行かないでよ」って。

シンガポールに来てからは、ゼロから英語と中国語を勉強するのに必死だった。この時わたしは中国パスポートを持っていて、端から見ると他の中国から来た子たちと同じ「中国人」だけど、「日本から来た」という意味で、みんなとても仲良くしてくれた。(この国は大陸中国人を差別する)

シンガポールでもまた、いち早く周りに溶け込めるように、受け入れられるようにシングリッシュやシンガポール人の行動を真似したりした。でもやっぱり心のどこかで「シンガポール人とは違う」とずっと思ってた。「日本」との繋がりを捨てたくなかったんだろうなぁ。親とは未だに日本語で会話してるし。

Cross Roads


そこで気づいたのです。

子供のアイデンティティが形成されるのは6歳から12歳の間。初めて学校でいろいろなことを学び、文化から道徳、マナー、社会のあり方などなどを学校で教えられるままに受入れる大切な時。。そして小学校5年生頃には物心がつき、それが世の中の常識だと理解し、吸収する。

シンガポールは多民族国家。いろいろな移民の子孫から構成されている社会。確かに日本ほど肌の色や民族で差別されることは少ないけど、学校で出会う大半のシンガポール人はシンガポールで生まれ育った人たち。海外で暮らしたことがないシンガポール人たち。自分をシンガポール人だと思っているシンガポール人たち。中国、マレーシア、インドにいる中国人、マレー人、インド人とは「違う」というプライドがあるシンガポール人。わたしのようなアイデンティティに対するモヤモヤ感を分かってくれる人たちはあまりいなかった。

でも、多民族国家だからこそ、ハーフの子供達も多い。チャイニーズ・ジャパニーズ、マレー・チャイニーズ、マレー・コリアンとかのハーフの子はTCKではないけど、二つの文化の間を行ったり来たりする気持ちは分かってくれたし、アイデンティティに対する混乱も理解してくれた。気付けばそんな友達ばかりが増えてた。クロスカルチャー。そんな人にばかり興味を持ち、引かれていた。

大学院で日本に行った時は、急に周りの全てが日本人、日本語になり、I felt like a stranger in a familiar place. 日本語は喋れるけど、日本人じゃない。

People looked at me in a strange way. And I always have to explain myself that "oh, grew up in Japan when I was a kid and then I moved to Singapore.... blah blah blah".

It's funny how when I was in Singapore, I spoke Japanese all the time because I didn't want to be seen as a Singaporean (or I didn't want people to know what my friends and I were talking). But when I came back to Japan, I spoke English and Chinese all the time because I didn't want to be Japanese. I "acted" like Singaporean or Japanese at my convenience in both countries, and I have to admit that I used my "Gaijin Card" quite often in Japan for convenience sake.

でも、日本で再び生活することが、わたしのアイデンティティに対する見方の大きなターニングポイントとなった。

大学院で出会った人たちは殆どわたしと似たような背景で、子供の頃から親の仕事などの関係でいろんな国で生活した経験のある人たち。ありのままの自分を受け入れてくれる人たちばかりでとても楽だった。そして、改めてアイデンティティについて新しい角度から見ることが出来たし、そんな自分が好きになって来た。わたしには属する国も、故郷もホームがないけど、自分と同じ体験をした人たちとの関係に属した。"home" doesn't have to be somewhere "physical".

いろんな文化が統合してるから、日本でもシンガポールでも中国でも、中国圏でも英語圏でも、自由自在にその国の文化や習慣に合わせて自分を変えられること。人に合わせて自分を変えられること(もちろん自分が持つ価値観とか常識は変わらないけど)、国、国籍、人種なしで他人と接することが出来ること。

Recently, I chanced upon a video, which I loved very much because I felt that I could relate to every bit of it. A video on identity by students who grew up in countries different from their parents' culture.

So Where's Home?

According to Dr. Ruth Reken (who first coined the term "third culture kid"), a TCK is "a person who has spent a significant part of his/her development years outside their parents' culture. The third culture kid builds relationship to all cultures, while not having full ownership in any. Although elements from each culture are assimilated into the third culture kid's life experience, the sense of belonging is to others of the same background, other TCK".

サードチャイルドキッズ(TCK)は成長期のかなりの年数を親の文化圏の外で過ごします。TCKは、自分たちが体験したあらゆる文化を結びつけるけど、どれ一つも完全に自分のものだとは思わない。経験したあらゆる文化からの要素を取り入れ、独自の文化を形成するが、強い繋がりを感じるのは自分と同じ体験を持つ人たちといる時。

実はこのビデオを見るまで"TCK" (Third Culture Kids)という言葉なんて知らなかった。
このビデオの中の人たちの経験がどれもすごく理解できると思って、自分みたいな人は"TCK"なんだって気がついた。とは言っても人それぞれだし、移住先の国を本当に愛し、現地の人たちと同じ感覚を持つ人もいるから"TCK"っていうレッテルは必ずしも好きではないが、便利な言葉だと思う。

これからグローバル化が進んで、もっともっと沢山の人たちが外国で働くことで多民族結婚やTCKはますます多くなると思う。そんな人たちが自分のアイデンティティをどう捉えるのか、怖がらずに自分たちの「クロスカルチャー」である一面を誇りにもって受け入れて貰いたい。誰もが理解できるものではないとても貴重な経験だから。

If you were to ask me where I'm from now, my answer to you would be "I'm technically Singaporean, but I can be Singaporean or Japanese, depending on the situation, and I was born in China." Would this confuse you even more? I don't dislike that little bit of ambiguity. haha


まるで修論を書いてるみたい。。。


ばりゅーちぇーん とか

社内用語 とか

勉強しないといけないことが沢山。



タイトルの通り、社会人デビューしました。5月3日からです。
勤務先はある某日系総合商社のシンガポール支店。社員は100人ぐらい、日本人が約20人。とてもフレンドリーでなんとなく安心。年齢層は若干たかめ。。。

仕事内容はまだよくわからないけど。。大丈夫かな?笑

とりあえずは基礎の総合商社の仕事について勉強してます。やってることが多すぎてよく分かりません… お勉強好きだからいいんだーーー( ̄^ ̄)ゞ

シンガポールに戻ってから1ヶ月ぐらい就職活動をしてました。受けてたのは外資とシンガポールの政府関係のポジション。外資は面接前のロジックテストで落とされたところもあり、自分にロジックがないことが分かった。。。(笑)金融系はファイナンスとかマーケティングとかそういった専門知識と経験が必要で、院卒だからといって評価されない。日本語が出来るのはプラスだけど、別になくてもいい、そんな厳しいシンガポールの現実。知ってるよ、この国ではmeritocracyと経験が全てってことは。

新卒で取ってくれるのはやっぱり日系企業だと思い、こっちにある人材派遣会社に頼ってみたらオファーしてくるのは日系企業の秘書や事務の仕事ばかり。

「経験がないと営業とかその他のポジションは難しいわよ」だって。でも秘書なんてやだよ、わたし。

その後、母の上司(早稲田のOB)が今の会社に私の履歴書を送ったのがきっかけで、内定もらうのに4回ぐらい面接しました。 人脈はないよりあった方が勝ちですね。(笑) どんな手段で会社に入ろうと、出来る人は評価される。そんな人になれるようにわたしも頑張りたい!

ていうか、人生の展開ってすごく面白い。

大学に入ったばかりの時は自分が何をしたいかも分からず、とりあえず面白そうな社会学の専攻を選んだ(社会学専攻で卒業した友達の8割は教師か福祉関係の仕事をしています)。社会心理学が一番面白かったのを覚えてます。このまま卒業してたら私もみんなと同じ道を歩んでたのかな?

自分がこんなコンサバティブな日系商社に入るとは2年前は思ってもいなかった。。どっちかというとイギリス系の広告代理店とかブランドマネジメントとかそんな華やかな業界(⬅ただの思い込み)に興味あったしね。 3年生の時に交換留学で来てた日本人の友達に進められて取った国際関係の授業が面白くて、外交とか安保とか人権とかについて勉強してたうちに、将来は国際協力機関で働きたいというこれまた大きな夢ができ、東南アジアの国際関係を外の観点から理解したく(留学と新しい環境に行きたかったのもあるが)、大学院進学を決意し、早稲田のアジア太平洋研究科という大学院を見つけて、「ここだ!」と思いました。

ホームページで見つけた数人の教授にメールを送り、唯一返事が来た教授に会いに日本にも行きました。その方がゼミの教授となった先生です。 その先生の研究は国際協力というよりも東南アジアの華人経済、東アジア貿易の専門家だったから人権とか安保とかよりも政治経済を中心に研究してた。それもそれで面白い。アフリカやカンボジアとかの発展途上国に行って学校を建てたり、直接人々の暮らしを良くすることだけが国際協力とは限らない。貿易を通じて産業開発や途上国のインフラを整えたり、雇用を増やしたりするのも社会貢献であって、国際協力の定義はもっと広いんだなあと気づいた。自分もいつかは世界を舞台とした仕事をして社会に貢献できることをやりたいと思いました。

実際の現場にいなくても、何かしらと貢献は出来るはず。まずはシンガポールを拠点に日本と東南アジアのために何かできる人になりたい。「架け橋」?

うーん。想像だけがどんどん膨らんでいく!

地道に頑張るしかないね。

会社の戦略企画に関わることができるのはある意味、とても大きいのかも。 そういった意味で総合商社は自分の夢への第一歩としては合っているのかもしれない。 とは言っても、やってみないと分からないよねw

そう思った今日この頃。
お部屋の片付けもなんだかんだ終り、無事に部屋をレオパレスに引き渡せそうです。今は2月中旬、外はたぶん2度ぐらい。家の中が何もないと余計寒く感じます。とりあえずテレビの音で気分を間際らしてみる。

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2年間お世話になったこの部屋から離れると思うとなんか複雑な気持ち。たくさんの思い出が詰まりすぎて離れるのはとても寂しい。すっかり愛着心が付いちゃった。。東京でゆっくりと自分の時間を過せるこの大好きな場所♡



そして、住み慣れたこの町も離れたくない。毎週のように通ってた駅前のTSUTAYAとかピーコックとか、I'm so gonna miss this place!!! またいつか小金井公園で寝っ転がりながら読者したいな♡
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シンガポールでは感じれない春夏秋冬、通学路の景色、文化、人、町並み、全てが当たり前のようになって、居心地がいい。家族が恋しいけど、家族代わりに信頼できる友達もでき、本当にこのままシンガポールに帰るべきなのかと悩みました。日本もシンガポールも私にとっては「HOME」どっちを選べばいいのか。。こんなに真剣に悩んだのはいつぶりだろう。笑



実はちょっと前まで「やっぱり東京にいたい!」って思って就職活動をしてたんだよね。JFもWFも日本に残るんだもん。。人生ハプニングがないと何も始まらないじゃん?じゃぁわたしも~!って思ってたけど、こういうノリで物事決めてしまう自分、たまには自分がどうしたいかしっかり考えないと。



だからね、今回はちゃんと考えたよ。



自分の今の立場でキャリアとかを真剣に考えたら(別に世界を動かす仕事がしたいとかそんな大きなambitionはありません)、今の自分にはアジアのハブであるシンガポールの方がいろいろとチャンスがある気がしました。業界とかまったくわからないけど。とりあえずグローバル。



前にも書いたけど、私の周りにはトリリンガル、それ以上話せるクラスメートは沢山います。こっちでできた日本人の友達も帰国子女がほとんど(国際教養学科はそんな子たちが多い)、中国語も中国人にはもちろん勝てません。日本語、英語、中国語がペラペラな中国人は私の大学院ではほぼ全員です。だから言語を武器とするなら自分の付加価値はシンガポールにあると思い(シンガポールならわたしのレベルの中国語もなんとかごまかせる気がして)、シンガポールへの片道航空券を買いました。社会人としての新しい人生の第一ページをシンガポールで始めます。



この選択肢で正解だったのか、帰ってから後悔する(外国人として一度日本を離れて再就職する難しさ)かもしれないけど、自分で選んだ道を信じて精一杯頑張るしかない!



あと1週間で就活の現実に入ると思うと...今の時間が止まってほしい!

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でも、まだ日本が大好きなうちに離れるのもいいかも。だって、またいつか戻って来る気がするから!



早稲田ありがとう!GSAPSで出来た友達は一生もの!とても楽しい2年間でした。

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東京、Hello、Good-bye、ありがとう。
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東京に来て1年が過ぎ、日本語を喋っていれば、名前と出身地を聞かれない限り外国人だと思われたことがなかった。

昨日、飲み会の帰り道で台湾人の友達と電話で喋りながら帰ってたら急に駅の改札前にいた駅員のおじさんに「外国人登録証を出してください」って言われた。

その時は何も考えずただ見せたら何もなかったんだけど、よくよく考えたら、

なんで見せる必要があるの?

英語喋ってたから?

日本人じゃないから?

これって差別だよね?

ってちょっとムカついた。

シンガポールでも時々地下鉄とかで駅員がインド人や中国人労働者みたいな人に身分証明書を要求するところをみかけるけど、まさにそんな感じ。彼らの気持ちが少し理解できた気がした。

今ここで「外国人労働者みたいな人」って書いてる自分も彼らを差別してるのと同じだけど。。。

でもでも、、この日本の大都会である東京で、外資企業と外国人がたくさん住む東京ですら、外国人は受け入れられないのだろうか? それともたまたまこの近くで外国人が何かやらかしたから「外人は要注意」となったのか?

シンガポールみたいな多民族国家に比べ、日本は単一社会。どこの国よりも自分たちのアイデンティティが強い国だと思う。アイデンティティをしっかり持ってることはとても素晴らしいことだけど、このグローバルな世の中で、この国でももっと周りの「違い」を認識し、外の文化を受け入れられる人が増えたらいいなとおもった今日この頃。

Japan, I still love you nothing less tho!


Do you believe in Fate?

あなたは運命を信じますか?

「運命の人」の定義はなんでしょう?結婚相手、恋人、ソウルメイト。。。
などと、人それぞれ違う定義があると思うけど、私にとっての「運命の人」とは、家族を除く、自分の人生に大きな影響を与えてくれた人、その人と出会ってから人生が大きく変わった相手が運命の人であり、それは必ずしも恋人ではない。

そういった意味では、私の運命の人は今2人います。

その2人は、私の日本留学の決意を確実にした2人の友達です。いずれとも出会ったのはNUS。

1人目は、私に政治科学の面白さを教えてくれた友達。彼と出会わなかったら、大学院進学も考えていなかったかもしれない。

2人目は、育った背景が自分ととても似ている、中国生まれ、日本育ち、ついでに星座と血液型も同じの友達。お互いThird Culture Kidとしての共通点を分かち合える、出会った瞬間に意気投合し、今では大の心の友。彼女が東京に住んでなかったら、今わたしは東京にいないかもしれない。

もちろん今まで出会った人たちの中で自分にある程度のインパクトを与えてくれた人たちはこの二人だけではない。過去のいろんな出会いや出来事(楽しいことも辛いことも)があったからこそ今の自分がいるんだから。でも今のポジションにたどり着くまでの最大の原動力をくれたのはこの二人だと信じています。

これからも、私の人生に大きなインパクトを残してくれる「運命の人」たちに出会うかもしれない。そんな出会いをこれからも大切にしたい。そしていつかは友達として、恋人として、パートナーとして自分と一緒に人生を共にしてくれる特別な人に出会いたいな。(笑)

「一期一会」。大好きな言葉、これからもいろいろなイチゴイチエを大切にしたいな♥