先月末から封切りのドラキュラZero、ドラキュラ映画をみてきました。

20年くらい前のコッポラ監督ドラキュラの出だし部分を、細かく取り出して一つにまとめた感じのドラキュラです。オスマントルコと戦うためにドラキュラになった、正義のドラキュラ?勝つための武器としてドラキュラ選ぶという、意識的吸血鬼。一応、最後はハッピーエンドなのかな?主役のブラド公は、アントニオ・バンデラスを若くしてニヒルにした感じ。

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公爵夫人は金髪碧眼だけどちょっと東洋的かな、中谷美紀に少し似てる気がしたのは私だけ?動いてると似て見えたんですよ。典型的美人というより、味のある不思議な綺麗さ。

CG使った迫力ある画面は面白かったです。時間にして92分というのも負担にならないし、筋もリズムもちょうどよくまとまってました。ありがちな設定ではあるんですけどね。

気になった点は、オスマントルコ=悪、正義の対極に位置付けられてること。西洋に侵略してくる存在としては当然なんですが。圧倒的多数のオスマントルコ勢を怯えさせるため、串刺公と呼ばれるほど残酷に戦ったのが、ドラキュラ作者ブラム・ストーカーにドラキュラ役として選ばれた理由らしんですが、今という時代が時代なだけに、ちょっと考えてしまいました。

3年くらい前に、アメリカでドラキュラの現代ものドラマがシリーズ化してよくみてたんですが、ドラキュラが日陰存在でも秘密な存在でもなくって、世間というか、一般人と対等になっちゃって、うーん?みたいな?アン・ライス作品も、一作目はポーの一族をデカダンにしたみたいだけど気に入ってたのに、三作目は現代でロックンローラーになってたりとか、肌に合わなかったっけな。ジョニー・デップの吸血鬼映画はコメディだったけど、やっぱり子孫に存在理解してもらってるし。そういうのが最近は続いてたもんだから、まあいいかなー