諦めないでがんばれば夢はかなう?
私は迷信だと思っている。伝説ともいえる。だけど日本人は、この考えというか、好きな感覚ではないかと常々思っている。

人間も生物も生きているものには、有限なので限界があるわけで、どんなにがんばっても出来ないことはあるんである。がんばり続けていたら夢は必ずかなう、というのは物理的に無限大を意味するのに等しく、そんなのは現実的ではない。だけど、諦めて違う方向に向かうのは難しい。それまでの努力が無駄になる可能性があるからだ。早く方向転換してたら別の可能性があるかもしれないのに。積み重ねたものがゼロになるかもしれない、というのはある意味恐怖である。だから、諦める決心を先延ばしにしてがんばり続けていれば、自分の思い描いた夢はかなう、と思うのは、その恐怖を避ける方策だと私は考えている。実際に長期間、がんばり続けるってイロイロつらいーなので、葛西選手やデムチェンコ選手(リュージュの42歳、七回目のオリンピック出場で銀メダル)は、艱難辛苦を乗り越えて伝説を発現した存在であり、感動し、憧れ、尊敬する。もしかして、うまくいかない自分の夢を今は諦めなくていいかも、という希望を心に潜めて。継続は力なりというが、難しいのだ。ただし、生き続けることは諦めちゃいけません、生きてる限り何かの可能性があるわけで・・・その何かを見つけるのが大変なんだけどさ。

等ということを、オリンピック見てて思いました。葛西選手が個人銀メダルとった時のシーンは美しくて何度も見ちゃいましたよ、希少な可能性の実現に感動したし、各国選手やコーチ陣が祝福してるのをみて尊敬されてるのを実感しました。長野オリンピックの後、日本人ジャンパーはノルディック複合も含めて、レギュレーションの変更や板の制限等で苦労したしー世界的にイジメ?と思うような仕打ちだと思ってましたよ。船木選手等の葛西選手よりずっと若い人が第一線に残ってないのをみれば、葛西選手が連発する障害を乗り越える事がいかに難しいことか。

クロスカントリーで、ロシア選手が転んでスキー板が折れてしまって、それでも立ち上がって続けようとしてたら、カナダのコーチが替えの板を差し出しまして、そのおかげでロシア選手は完走したのは見ててスポーツっていいなと思う場面でした。ノルディック複合銀メダルの渡部選手が、別の試合でとてもフェアなシーンを目にし、ノルディックは紳士のスポーツ、自分もそう心掛けたい、といってましたっけ。クロカンしてる時、先頭選手のすぐ後ろを走ってた人がスキー板で先頭の人のストックを折ってしまったらしい。これは事故なので、ストック折れてすべれない先頭選手を、後続の人(折っちゃった人)が追い抜いていってもいいのに、相手がストック交換するまで後ろに控えていて、交換後に再び競争を始めた、というシーンらしい。実にフェアな事例であります。

フィギュアのソトニコワ選手、カルメン踊ってたけど、カタリーナ・ビットを思い出すなー彼女の後、カルメンの曲を滑る人がしばらくいなかったっけ。好みとしてはコストナー選手の滑りが好きかな。キム・ヨナ選手の表情には、SPでもっと引き離しておきたかったのが出来なかったもどかしさを感じました。三位までの点差の小さいことといったら・・・・フリーハラハラどきどき。

女子シングルの日本の選手、全日本選手権の時より調子悪そう・・・・・オーバーワーク?練習し過ぎ?ブライアン・オーサーが「日本人は練習し過ぎ、やり過ぎは逆効果」的なことを言ってたのを思い出す。キム・ヨナ選手みたいにキッチリ休む、という事が日本の環境ではやりにくいよなー団体戦なくて良かった、という彼女の発言は別に含みはないと思う。現にプルシェンコ様は団体戦で力尽きちゃったし。体操の団体戦みたいだったら(団体戦の時の結果で個人競技参加が決まる)わかるんだけどー今後の改定を希望します。拘束時間が長いよ!オリンピックに隠れてみないふりしてるけど、日本スケート連盟の組織的問題を、この際、解決して欲しいもんです。

今日発売の文春で、羽生選手の祖父母の方が「大ちゃんみたいな綺麗さがまだユズにはないから、これから」と述べてました。たしかに大ちゃんは身体的に欧米選手より不利に見えるけど、華やかさがあるんだよねーステップとか綺麗。