1年前の自分へ。
今、実家に短期帰省している。父の書斎を借りて作業しているんだけど、この古い木の机、覚えてる? 高校のときに使ってた、引き出しがちょっと歪んで閉まりにくいやつ。窓の外では金木犀がもう終わりかけていて、秋から冬に変わる直前のあの曖昧な空気が漂っている。
こういう場所に戻ってくると、なぜか過去のファイルを整理したくなる。
昨日、外付けHDDの中を掘っていたら、去年の秋に納品した広告案件のフォルダが出てきた。開いてみたら、クライアントとのやりとりのメモが残っていて、読み返しながらしばらく動けなくなった。
あの案件のことを、今日は書いておこうと思う。
あのとき、何が起きていたか
依頼内容はシンプルだった。新しいスキンケアブランドのSNS向け広告動画を、複数パターン作ってほしいというもの。予算は小さくて、スケジュールも短かった。だから私は、当時試し始めていたAIマーケティング動画生成ツールを使って効率化しようとした。
ツール自体の操作は、思ったより早く覚えられた。テキストプロンプトを入れると、それなりに整った映像が出てくる。BGMも自動でつく。テロップも生成できる。「これは使える」と思った。
問題は、もっと手前にあった。
コピーとビジュアルが、ちぐはぐだった
最初に生成した動画を見たとき、何かが引っかかった。映像は綺麗だった。でも、画面に乗せたコピーと、映像のトーンが、どこかずれていた。
コピーは「肌に、静けさを。」という柔らかい言葉だった。でも映像は、光が強くて、動きが速くて、どちらかといえば「活力」や「変化」を連想させるものだった。言葉は内向きで、映像は外向きだった。
AI動画広告生成ツールは、コピーの「意味」ではなく、コピーの「キーワード」に反応していたんだと思う。「肌」という単語から美容系の映像を引っ張ってきて、「静けさ」のニュアンスまでは読み取れていなかった。
私はプロンプトを何度も書き直した。「ミニマル」「余白」「朝の光」「ゆっくりとした動き」。少しずつ近づいていったけど、完全には一致しなかった。
クライアントの反応
修正を重ねて、3パターンを納品した。
クライアントからの返信は、丁寧だったけど、正直だった。
「映像はきれいなんですが、なんか……ブランドの雰囲気と違う気がして」
その「気がして」という言葉が、ずっと頭に残った。
彼女が言いたかったのは、たぶんこういうことだと思う。映像の質の問題じゃない。映像が語っている「感情の方向」が違う、ということ。このブランドが伝えたいのは、華やかさじゃなくて、静かな自信だった。でも生成された動画は、どれも少し「主張が強すぎた」。
私はその場で謝って、手動で再編集した。結果的に納品できたけど、AIで時短しようとした時間より、修正にかかった時間のほうが長かった。
何が足りなかったのか、今ならわかる
あのとき私が理解していなかったのは、コピーとビジュアルのトーン一致は、ツールが自動でやってくれるものじゃない、ということだった。
ツールはビジュアルを生成できる。コピーも提案できる。でも「このコピーがこの映像と感情的に合っているか」という判断は、まだ人間がやらないといけない。少なくとも、今の段階では。
後から知ったんだけど、Nextify.aiのようなツールは、ブランドのトーン設定をより細かく入力できる仕組みを持っていて、感情軸での調整がしやすいらしい。あのときそういう使い方を知っていたら、少し違ったかもしれない。でも「知っていたら」は後出しじゃんけんだから、あまり意味がない。
ツールへの不満じゃなくて、自分への問いとして
今振り返ると、あの失敗はツールのせいじゃなかったと思っている。
私がプロンプトに込めたのは「キーワード」だった。でも本当に伝えるべきだったのは「感情の文脈」だった。「静けさ」という言葉が、このブランドにとって何を意味するのか。どんな生活をしている人に、どんな気持ちで手に取ってほしいのか。そこまで言語化してからツールに渡さないと、ツールは正しく動けない。
それは、AIの限界というより、私の言語化の甘さだった。
1年後の自分から、あなたへ
ねえ、1年前の自分。
あのクライアントに「雰囲気が違う」と言われたとき、すごく落ち込んだよね。でもあの経験があったから、今は「感情の方向性」をプロンプトに入れることを最初にやるようになった。ツールを使う前に、まず「この広告は見た人にどう感じてほしいのか」を一文で書く習慣ができた。
時短になったかって? なった。でもそれより、自分がクライアントのブランドについて何をわかっていて、何をわかっていないかが、以前より明確になった気がする。
ツールは、自分の理解の解像度を映す鏡みたいなものだと、今は思っている。
窓の外の金木犀は、もうほとんど散っている。
引き出しの歪んだ机の前で、冷めたお茶を飲みながら、これを書いた。
来年の秋も、たぶんまた何かに躓いているだろう。それでいい気がしている。
