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友人と気軽に食事や外出を楽しむ機会が、 コロナ禍により激減しています。「人と会うのはあまり得意ではない」という酒井順子さんが、「ひきこもり」の治療支援を行っている精神科医の斎藤環さんに、いま改めて「人と会うこと」の意味を問いかけてみると━━◎マスクがあるとかえって安心な人も酒井 コロナ下で、私も含めて人付き合いの仕方が変化しています。 斎藤さんとも、しばらくお会いできていなかったですしね。 斎藤さんは『なぜ人に会うのはつらいの か』(佐藤優さんとの共著)という本を出されましたが、 私も人と会うのはあまり得意ではないので、すぐ手に取りたくなりました。斎藤 意外ですね。酒井 私のほうは、斎藤さんにそういう傾向があると知って意外でした。 人に会うのがそれほど好きではないという自覚は、以前からお持ちだったんですか?斎藤 いえ、 コロナ禍になってからです。 患者さんに限らず、 コロナの流行以降メンタルの調子が悪くなる人がまわりに多くいまして。 そういう方々は、頻繁に人と会って会食などをしないとうつっぽくなったり不安になったりするらしい、と気づき、自分とは違うなと改めて感じた次第です。酒井 確かに、人に会えなくなって落ち込むタイプと、「会わずに済んでラッキー」と思うタイプの 2パターンがありますね。私は後者で、 予定が次々と中止になることに対してちょっとした幸せを感じたりもして、いままでは無理していたんだなあと気づきました (笑)。斎藤さんが「人に会う耐性が低い人」と書いていましたが、 まさにそれかと。斎藤 実は日本人や韓国人には、 やや対人恐怖症の傾向のある人が一定数いると言われています。でも、 人に会うのはなんとなく億劫に感じても、いざ会ってみたらテンションが上がったり、楽しくなったりするという人も少なくない。酒井さんはいかがですか?酒井 あっ!それはそうです!特にそれほど親しくない人の場合、 会う前は気持ちが重いけれど、いざ会うと楽しくなって、「やっぱり実際に会わなくちゃだめね」 とか思ったりしています。斎藤 2020年5月に、「人は人と出会うべきなのか」とい うテーマでブログを書いたところ、大きな反響がありました。これは、人と会うことに苦手意識を抱いている人は想像以上に多いのだろうと感じる出来事でしたね。ただ、このブログを欧米で公開しても、あまり共感してもらえない気がします。酒井 どうしてでしょう?斎藤 欧米にも、人が大勢いる場所を苦痛に感じる社会不安障害の人はいますが、いわゆる対人恐怖はそれほどないようなのです。逆に、人と会えない状況に耐えられない人が多いから、まだ感染が収まっていないのに規制解除を早めている部分もあるのかもしれません。酒井 欧米の方は、ステイホームやマスクを本当に嫌がりますよね。 マスクが一枚あるだけで、人と分断される感覚があるのでしょうか。斎藤 口もとが見えないことに対する不安感が強い印象があります。酒井 日本人はマスクがあることで、かえって安心できている人が多い気も。私もいまでは、初対面の人の前でマスクを外すことが、 パンツを脱ぐのと同様の感じすらして緊張します・・・・・・(笑)斎藤 よくわかります!(笑)◎恋愛格差はますます広がる!?酒井 私は、人と2人で会うのは平気なのですが、3人以上だと急に負担に感じます。人数が増えるにつれ、相手が''人間”というよりも''世間様”になってしまう気がしまして。斎藤 なるほど。 リモート(インターネットを介してのやりとり)はどうですか?酒井 今日もそうですが、リモー トは大丈夫です。このまま定着してくれると楽なんですけどね。斎藤 そうですね。でも、多くの企業は対面業務に戻りつつあるようです。確かに、交渉や打ち合わせは対面のほうが話が早いのは事実。それは、自分と他人の境界線を踏み越え合うことで話が進むからです。私はそれを"対面の暴力性〟と定義しています。裏を返すと、人に会うと自分の思い通りの展開にならない場合も多い。だから、会うことを"しんどい"と感じる人もいるわけですね。酒井1人でいる時の穏やかさは、確かに打ち破られます。斎藤 暴力と聞くとネガティブに感じるかもしれませんが、 そうではありません。社会が回っていくための手段であり、避けられないことです。酒井 お互いの領域を侵したり侵されたりすることによって、わかり合えたり、得るものもいっぱいある、ということですよね。斎藤 はい。その最たるものが「恋愛」でしょう。酒井 あ〜。確かに、お互いの境界線を越える勢い、一種の暴力性がなければ成立しませんものね。そうなると、コロナ下では恋愛に関して難局を迎えている人が結構いそうですが。斎藤 私は大学で教えていますが、このコロナ下、修士課程の学生はリモートばかりで、2年間まるまる学校に行けないまま修了を迎えますからね。恋愛や友情を育む機会が激減し、本当に気の毒です。酒井 でもそんななかでも、恋愛が発生したケースもあるわけですよね。斎藤 私も驚いたのですが、この状況下でも結構みなさん、出会い系のマッチングアプリを利用して相手を見つけたりしているようなんです。酒井 活発に活動する人とそうでない人の恋愛格差が、ますます開きそうですね。ところで、授業は対面に戻ってきたのでしょうか?斎藤 まだ、リモートと対面授業を選択する形式で進めている感じです。意外にも、多くの学生がリモートを選んで学校には出てきませんね。酒井 私も学生だったらリモートを選びそうです(笑)。というのも、 大学を卒業してから3年間だけ会社員をしていたのですが、自分の横や前に先輩社員やら上司やらが いる状況で仕事することが苦痛で、 会社を辞めたぐらいなので・・・・・・。斎藤 そうでしたか。(笑)酒井 みなさんとても優しかったのですが、たとえば私が電話で話す声を聞かれるのが恥ずかしいとか、サボっていると思われているんじゃないかなとか、どんどん自意識過剰になってしまって━━。 リモート勤務ができていたら、会社を辞めなかった気もします。斎藤 対人恐怖の傾向がある人は、 自分の振る舞いや言動がまわりに悪い印象を与えるに違いないと思い込みやすい。それを回避するためにひきこもったり、自分だけの時間が必要になったりするんです。◎女性のストレス発散法は酒井 思い返すと私、コロナ禍初期の頃は、ずっと家にいなければ いけないなど、非現実的な状況に直面してかなりハイになっていました。普段は滅多に揚げ物をしないのに、昼から天ぷらを揚げてみたりして(笑)。でもそのうち疲れてきて、天ぷらは買うようになったわけですが・・・・・・。あれは何だったのでしょうね。学齢期の子どもがいる人だったら、休校もあって、 もっと「ハイ」の度合いが高かったのでは。斎藤 精神医学の言葉で「躁的防衛」というのがありますが、それと似ているかもしれませんね。たとえば、大切な人を失った悲しみから自分を守るために、 お葬式のときにテンションが上がったりすることがありますから。酒井 そのぶん、後で揺り戻しがきますよね。 コロナ禍になってから、うつになり自殺する女性も結構増えたと聞きます。斎藤 男性の自殺率は女性の約3倍というのが定説ですが、ここのところ女性も男性に迫る勢いです。酒井 どんな要因が考えられるのでしょう。斎藤 2つの側面がありそうです。 1つは、夫や子どもがずっと家にいることで女性の家事負担や家族をケアする仕事が増え、ストレスがたまり追い詰められる。もう1つは、職を失い経済的に苦しいということでしょうか。酒井 一般的に、女性の自殺率が男性より低いのはなぜでしょう?斎藤 女性は横のつながりを作るのが得意なので、 友だち同士で愚痴を言い合ったりすることで、ある程度ストレスが解消されるからではないでしょうか。酒井 確かに。ランチを食べながら夫や姑の悪口 を言ってスッキリ、みたいな。でもコロナで人と会えなくなると、そういったストレスの発散が難しくなりました。 家庭内での女性の負担を減らす必要があります。斎藤 家族みんなで、家事の分担は公平にしたほうがいいと思います。私もコロナ下で、料理のレパートリーがぐっと増えました。酒井 ええっ(笑)。どんなものを作るのですか?斎藤 得意なのは魯肉飯です。酒井 あ、台湾の豚肉料理。 八角を入れて・・・・・・。斎藤 そうです。 五香粉も使って。酒井 おいしそうです。料理は自発的にされているのでしょうか?斎藤 うちは共稼ぎなので、早く帰ったほうが自然と作るようになりました。酒井コロナ前から?斎藤 いえ、恥ずかしながらコロナ禍になってからです。自分の経験からも感じるのですが、世の夫たちは、もっと家事に参加したほうがいい。酒井 そうなんです。でも、「やってよ」と強く出ると家庭内の雰囲気が悪くなりそうで、面倒だから自分でやってしまうという妻も多い気がします。斎藤 そこはなんとか頑張って、強行突破するとか。あるいは対話を続けて、 なぜ妻と夫で意識がこんなに違うのかを共有するのも1つの方法かと。酒井 対話というのは、結構難しそうです。斎藤「議論しない」「説得しない」 「アドバイスはしない」を心掛け、 ただお互いの考え方の違いを丁寧に掘り下げていけば誰でもできますよ。酒井 簡単そうで、実は難しそうです。鍋の洗い方とか、ついアドバイスしてしまいそう・・・・・・。そもそも、 なぜ男性は家事に対する責任感が低いんでしょう。斎藤 端的に言えば、男の子に家事をさせず、「勉強だけしていればいい」というふうに育ててしまうことが要因ではないですかね。婚活市場で一番人気がないのは、実家住まいの長男だとか。家事経験がない人が多いからでしょう。◎認知症予防のためにも対人刺激は必要!酒井 ご近所や仕事先など、 人付き合いに悩む『婦人公論』読者も目立ちます。 人間関係の悩みを抱える方は多いのでしょうか?斎藤 主婦の患者さんは、9割近くが人間関係で悩んでいます。酒井 男性は横のつながりがないから、定年後は孤独になりがち。女性の場合は、横のつながりがあったらあったで悩みの種になるということかもしれません。斎藤 そうですね。でも、人間関係のなかでも一番悩みが多いのは、夫の両親との付き合い方です。「コロナのおかげで義実家に帰らなくて済んで助かる」、という声もよく聞きますから。酒井 大手を振って会わないでいられる、と。斎藤 そういうことです。酒井 人にずっと会わないでいると、時間の流れがよくわからなくなる、 ともご著書に書いておられました。斎藤 それは、外出することや人に会うといった外からの刺激によって、時間の認識が生まれやすいからです。 でもいまは、人と接触できない。そのうえコロナやウクライナ侵攻など、地球全体で同時に同じ情報を共有して、個人的な刺激が少ないという特殊な状況ですから、時間の感覚がのっぺりしてくるのは当然のこと。私もこの2年間の記憶は曖昧で、出来事の順番がよくわからなくなっていますね。やる気も起きにくいですし。酒井とくに高齢の方は、人と接しないでずっと家にいると心身ともに衰えそうですね。斎藤 それが懸念されます。 認知症予防のためにも、対人刺激を受けることは重要ですから。 90歳になる私の父も、ひところかなり弱っていましたが、デイサービスに行くようになったら元気になりました。 感染対策をしつつ、徐々に元の生活に戻していったほうがいいと思うんですけどね。酒井 私はコロナ禍になってから、 道などでちょっと人に接近されただけで怖いと感じるようになって。斎藤 私もそうでしたが、いつの間にかそういう感覚が薄れてきました。 だから一時的なもので、自然に元に戻るのではないでしょうか。 いずれにせよ、このコロナ禍は「面と向かって人に会うとはどういうことか」を改めて考えるき っかけになったと思います。酒井 誰かを好きになってチューをするにも、その前にマスクを外すという高いハードルが加わりました。斎藤一方で、口もとを覆っていたマスクを好きな人の前でとるだけで、ドキドキすることも加わったわけですから、いままでとは違う新鮮な感覚で向き合えるかもしれませんよ。酒井 自分でマスクを外すのか、 まず相手のマスクをとるのか、悩みそう (笑)。・・・・・・って、この対談、 そんな話で終わっていいのか、という気もしますが・・・・・・。斎藤 まあ、いいんじゃないですか。(笑)婦人公論No.1584 2022 June