今年の花見も宴を催すまではいかなかった。満開の桜の下、多くの人はその儚い花の盛りを惜しむかのように通り過ぎた。桜もそんな人々のつれないそぶりを悲しんでいるかのように、花冷えの日々に花弁を凍らせた。
桜の咲き乱れるなか、 白幡洋三郎さんがあの世に旅発ったという報に接した。白幡さんはかつて『花見と桜〈日本的なるもの〉再考』(八坂 書房)という本を著し、花見は日本固有の伝統で、桜が群れとして咲いていること、人も群がって楽しむこと、飲食をともなうこと、という3 条件がそろう必要があると説いた。 花見は独りで楽しむものではない。
親しい仲間たちと集ってごちそうや花見酒を楽しみ、一斉に咲き乱れる桜の豪華な花の宴に酔いしれてこそ、花見の本領が発揮されるという のである。
その通り、日本の中央部、とくに京都では桜が3月から4月にかけて一斉に咲くために、卒業や異動、入学や入社の時期と重なる。花に送られ、花に新たな顔で集う。そんな儀式が桜の下で繰り広げられる。それが人々に別れと出会いの場を演出させてきた。桜に特徴づけられるこの季節は、人間関係の組み替えの時期として人生に鮮やかな彩りを与えてきた。
「花に嵐の例えもあるぞ、さよならだけが人生だ」という言葉もある。これは「勧酒」という漢詩を井伏鱒二が訳した一節で、遠来の客に盃を進め、 なみなみと酒をつぐ際に述べた言葉 だ。中国だからこれは梅の花を指すのだろうが、井伏は桜を連想したと思う。まさしく桜は花吹雪となって嵐のように散るのである。「さよならだけが人生だ」という言葉は、別れの多い人生を惜しむとか、人の出会いは儚いものとか、解されているが、 私はここに死の影を感じる。もう二度と会えない別れとは、死にゆく人との別れである。白幡さんとはかつて何度も研究会で楽しい議論を交わした。最近はお会いできなくなっていたが、せめてもう一度酒を酌み交わしてからお別れをしたかった。 振り返ってみれば、この2年あまり集まって宴を開くことがなかなかできなかった。オンラインで顔を合 せる機会は増えても、集まるときはマスク顔で食卓を囲み、酒を酌み交わすこともままならない。私も昨年4月に着任した研究所でこの3月に離任される教職員にお別れの辞を述べたが、そのときに初めて顔を見た人がたくさんいる。毎日のように会って話をしていたのに、顔を知らなかったのだ。別れの言葉を述べても、なぜかしっくりこない感じが付きまとった。
人間の社会は日々出会い、語り合い、新たな気づきを得ることから成り立っている。それが長年ゴリラを研究してきて私が学んだことであ る。ゴリラが属する集団はひとつしかない。いったん集団を出たら、 他の集団に入るのも、元の集団に戻るのも容易ではない。だから、別れは死と同じだ。一方、人間は出会うために別れる。 「さよならだけが人生だ」を私流に解釈すると、「また出会うときを楽しみにしているよ」ということになる。
人間にとっての死は永遠の別れになるが、私たちはその作法を文化として整えてきた。 死別した後も、何年にもわたって別れの儀式を行い、 逝った人を心に残す。人間の文化は死で途切れることなく、世代を超えたつながりの上に改善を積み重ねてきた。 コロナでもしそれが途絶えてしまうとすれば、文化の流れは停滞する。 花見に限らず、宴は縁を結ぶ文化の仕組みとしてコロナ後も維持すべきだろうと思う。
山極 寿一 (総合地球環境学研究所長)
京都新聞 2022年(令和4年)4月17日