まず、覚えておいていただきたいのは、雑念で満ちているのが人間の心の自然な在り方だということです。ですから、気になることをゼロにしよう、気にしないようにしようとがんばるのではなく、雑念が気にならない状態をいかにしてつくるかが大切になります。
そのために効果的なのが次の方法です。一つは、気にし過ぎて頭の中に物事が混在してきたら、いったん、思考を止めること。ゆっくり息を吸って吐いて、自身の呼吸に意識を集中することで、その瞬間だけでも思考が止まります。座禅はまさにそれを繰り返す手法ですが、呼吸に意識を向けるだけでも十分です。もう一つは、気になる物事を書き出して、自己を客観視することです。人は気にしないようにと意識するほど、もっと気になってしまうもの。頭から雑念を消そうとするのではなく、書き出して対象化することで、「自分はこういう状態が不安だったのだな」と、自分の状態を理解し、受け入れることができます。この「思考を止める」「客観視する」という習慣を何度も繰り返すうちに、自然と「気にし過ぎない」ようにするのではなく「気になりにくく」なっていくでしょう。
こういった行いを、「瞑想」と言いますが、決して難しいものではありません。呼吸に限らず、足の感覚に意識を向けて歩く、味わって食べる━━まずは日常生活を丁寧に行うだけでも十分効果的です。そうして「今ここ」いる自分に集中することで、「受け入れる心の姿勢」が育まれ、物事をいろいろな角度から見て、その状態をありのまま受け入れられるようになります。すると自然に、自らの存在をも慈しむ力「自慈心」を持てるようになります。そして自分だけでなく他者の心をも細やかに察し、思いやる心が生まれるのです。
自慈心が育まれると、自己肯定感が上がり、自分の本質を見極められるようになります。すると、こだわりや思い込みを手放し、迷いなくシンプルに生きることができます。また、失敗を恐れたり、他人の目を気にしたりすることがなくなり、何かが起きても爽やかな、潔い生き方ができるようになるでしょう。
この自慈心を育むために大切なのは、頭で考えるのではなく、日々、瞑想を実践することです。
●「自慈心」を育むための心掛け
自己を受け入れる姿勢
まずは、今、ここにいる自分を思いやり、ありのままを受け入れましょう。「~であるべき」と決めつけ、一方向でしか物事を見られないと、いろいろな状態の自分を受け入れられず、自己肯定感が下がります。
自己を客観視する心
「気にし過ぎ」には、価値観を他者において自分自身の物差しがないため人の目が気になる場合と、完璧を求め過ぎて細かい失敗が気になる場合があります。いずれも、自分がどんな状態かを知ることで、どうすべきかを考える、次のステップに進めます。
●自慈心を育てる暮らしのヒント
半分、減らす
人は目に見える情報が多いと、連鎖して気になることが増えていきます。普段から気になる対象を減らすことが第一です。身のまわりのものをムリに捨てる必要はありませんが、とりあえず視野に入るものを見えない場所にしまっておく。SNSなどスマホで情報を見る時間を減らすなど、意識してみてください。
日々の所作を丁寧にする
日常生活を丁寧に行うことは、「今」に意識を集中する練習になります。ドアを閉めるときに音を立てないといったささやかなことから、お茶を飲むときに、お茶の色、香り、味わいに集中していただくことまで、何気ない所作を今より少し丁寧に、五感をフル活用して行ってみましょう。
深呼吸をする
ずっと気になっている状態は苦しいものですが、そこに少しお休みを与えてあげるとラクになります。雑念で頭がいっぱいになったときは、ゆっくり呼吸をして、思考から呼吸だけに意識を集中することで、雑念をいったん止めることができます。と同時に、自律神経も整い、心身のバランスを取りやすくなります。
紙に書き出す
気になっていることを紙に書き出してアウトプットすることで、なぜ、何がどう気になっていたのか、自分自身を客観視できるようになります。ひと言書き出すだけでも十分ですが、慣れてきたら、現実に起きている状況、それによって受けた感情、体調の変化、を分けて書き出してみるとより効果的です。
「放下著」と唱える
「ほうげじゃく」と読みます。これは禅語で「ほうっておく」という意味です。物事は時が来たらおのずとしかるべき方向に落ち着いてゆくものです。今どうにもできない気掛かりは、焦ってムリに解決しようとせず、とりあえずほうっておく。そう自分に言い聞かせるときの口癖にしてみてください。