人は病んだとき、自分をこの世で一番不幸な存在のように感じます。私も前途に野心をもっていた大学1年の終わりに結核を患い、8か月も高熱が続きベッドから起き上がれず、ついに留年を余儀なくされたとき、自分の悲運をひたすら嘆きました。どこの家庭でも、一家の誰かが病むと、またそれが長引くと、家族もまた重たく塞いだ空気に覆われていくものです。しかしやがて病人は自分が病んだ意味をきっと知ることができるでしょう。
病めば誰でも心まで塞いでしまいます。からだの痛みを抱えているというだけで精一杯で、他人を思いやる余裕などもてません。そのくせ、自分の望むように手を施してくれない周囲の行動には厳しいほど敏感であったりするものです。それが病んだ当初の病む人の心の状態です。
しかし、長い病いとのかかわりに何とか耐えられた人や重い病いから癒えた人は、病むあいだに繊細な感性が養われて、他人の痛みや悲しみを思うことに心が自然に向かうようになるのです。
歌人の正岡子規は結核と脊椎カリエスのために、34歳で亡くなるまでの6年間は病床で文筆活動を続けましたが、ときに傍若無人ぶりを発揮し、周囲を困惑させることもあったようです。その昔は化学療法のなかった時代です。快方に向かう見通しのない日々を送るやるせなさは凄まじいものであったでしょう。その子規が病状が悪化するにつれて、介護にあたる母や妹の労苦をますます理解するようになったと、「病牀苦語」のなかで告白しています。
夏目漱石もまた伊豆・修善寺で胃潰瘍が原因で大吐血し、ようやく死を免れた後、昼夜にわたり献身的に看病してくれた看護師さんへの溢れる感謝を率直に述べて、「余は病いによみがえった」と言っています。いままでの人生では作家であり、文学者であり、それを自負してきたけれど、これからは善良な人間になりたい、人のために生きたい、と漱石は『思い出す事など』に綴っています。
病気は確かにつらく嫌なものですが、すべてにおいてマイナスとはかぎりません。
スイスの哲学者カール・ヒルティは「病弱は、少しもよいことを行う妨げとはならない」と言いました。健康に恵まれているならば、もちろん健康に感謝をする。しかし健康でなくても、病弱であるがために与えられるものは多くあります。
他人の痛みに共感できる感性も、病いを通して磨かれます。動物というのは自分の痛みはわかります。けれど、仲間が抱える痛みや仲間が直面している死の恐怖を推し量ることはできません。共感できる心をもつのは私たち人間だけなのです。病んでこそ、人間は自分のなかに人間らしさを育む機会を得るのです。
「病いは人間の属性である」とニーチェが言ったように、平生じっくりと自分自身と対話したことのなかった人であっても、病いをきっかけにして自ずと内省のときをもつことができます。呼吸をするというような、いままで意識することさえなかった生きるという行為の、不思議さとありがたさをも知るでしょう。
病人の介護が長引くにつれて、家族は介護の意味を自問し、悩むことでしょう。介護とは、病人に一方的に一時的に何かをしてあげる行為ではありません。病人の暗く沈んだ心に、微かながらでも平安と希望の光が灯ることを忍耐をもって待ち、それを支援し続けることです。つまり介護とは、病む相手と自分との関係を、病いを介して徐々に成熟させていく過程だと言うべきでしょう。それは継続的な営みでありゆるやかに変化しながらつくられてゆく絆なのです。病む人と同様にあるいはそれ以上に、介護する家族も心の成長を経験することになるのです。
病む体験は決してむだではありません。人は人生のどこかでかならず病むことの意味を知ることになるはずです。

日野原重明(ハルメク2021年5月号)