がんを告知されると、多くの患者さんは「喪失」を経験します。例えば健康で当たり前だった日常を失うことや人生計画が変わってしまうことです。がんによる喪失感は非常に大きく、受け入れがたいと感じるでしょう。そして「なぜ自分がなってしまったのか」と悲しみや怒りの感情が沸き上がってきます。この悲しみや怒りといった感情にふたをしないことが、がんと向き合って生きていくためには必要だと考えています。思い切り悲しみ、怒る感情を受け入れているうちに、徐々に心は整理され、前に進み出すのです。
多くの患者さんと向き合う中で、人には悩みと向き合う力「レジリエンス」があると実感しています。レジリエンスは心理学的に訳すと「元に戻る」力のことで、イメージで言うと「柳の木」です。堅い木は、強い風が吹くとポキッと折れてしまいますが、一方で柳は風に吹かれると形を変え、風がやむと元に戻ります。がんという強い衝撃を受けても、時間とともにゆったり立ち上がる柳のようなしなやかさを、人は元来持っていると思うのです。
もし突然がんを宣告されたら、頭が真っ白になるかもしれません。ですが、ほとんどの場合は1日、2日を争うようなものではありませんから、慌てて今後の治療を決めなくも大丈夫です。情報がないまま決断して後悔するよりは、一呼吸入れてから取り組まれるのがいいと思います。
実際に医療の現場に携わる者として、がん治療の進歩は身に染みて感じています。昔は抗がん剤の治療というと嘔吐を伴う壮絶なイメージがありましたが、現在は吐き気止めなどで副作用はかなり抑えられます。また痛みの緩和ケアの技術も発展しているため、病棟は想像よりずっと穏やかです。医療は日進月歩ですから、安易に他の個人の経験を鵜呑みにせず、ご自身の治療について不安なことがあれば主治医に相談したり、公的な機関が発信している信頼度の高い情報を見ましょう。
がんになって自分がつらいのに、「迷惑をかけたくない」「自分で全部やらなければならない」とがんばってしまう方が多くいます。治療中は今まで通りにがんばれないこともあるでしょう。完璧ではなくほどほどの"いい加減"でいいのだと自分を認めてあげる気持ちを持てるといいと思います。そして、周りの方を頼ることも必要です。それは自分のためだけではありません。「何かを手伝える」ことが、家族をはじめ、がん患者さんを支えるまわりの方の気持ちを楽にするということにもなるのです。
以前、患者さんが私に「お世話になって申し訳ない」と言ったので、「大丈夫ですから、堂々としていてください。でないと、私が将来引退して面倒を見てもらうときに肩身が狭いじゃないですか」とお伝えしました。がんに限らずとも、人はいつ病になるかわかりません。"困ったときはお互いさま"の精神でお互いを助け合う心が、がん患者さん本人にとっても、まわりの方にとっても心地よい日々を生むのではないかと思います。

清水研さん
(ハルメク2020年12月号)