テーマ : おもちゃのデザイン、色について

出席者 : 岩城敏之氏(おもちゃと絵本の研究家)、田中敏隆氏(発達心理学者)、秋田宗平氏(心理学者、人間工学研究者)、松田博子氏(カラーコンサルタント)

司会 : 緒方康二氏(色彩学・色彩史・日本近代デザイン史の研究者)

緒方   まず、おもちゃの専門家でいらっしゃる岩城さんは、おもちゃ屋さんの息子さんなんですね・・・。

岩城   祖母の時代は町の駄菓子屋でしたが父母の代でおもちゃ屋になりました。私は高度経済成長期に育ったわけですが、その頃は新商品が毎日のように出て、店先にあふれていました。ところが、おもちゃというのは大人に好く思われていなかった。与えすぎると子どもがわがままになるとか、ものを考えない子に育つとか、所詮おもちゃだという考えがあって、それがとても気になりました。「遊んで育つ」という子どもの世界、はたしておもちゃで子どもが育つのか、おもちゃ屋の二代目を考えていた私にも疑問が湧きました。
もともと子どもが好きでしたから、学生時代からYMCAでキャンプのリーダーとして子どもの世話をしたりしていましたが、折しも絵本ブームが到来し、興味があって絵本の勉強もはじめました。おもちゃはかわいそうな評価でしたが、絵本については多くの人が子どもの心を育てるといって高い評価でしたね。
家業を継ぐ私はおもちゃといっしょに絵本も専門的に並べてみようと考えたんです。

緒方   絵本ブームは何年頃でしたかね。女子大生が絵本をもって歩くのが流行りました。

岩城   そうです、1970年代です。ブームが来たお陰で、一流の作家が心を込めて作品を出してくれました。カラーの印象は、ヨーロッパの色は落ち着いたシックなカラー、日本の絵本は明るい色調のものが主流でした。

緒方   おもちゃの方に、いい意味での飛び火はなかったのですか。

岩城   白木ブームが起こりました。環境問題がクローズアップされ、素材のよさを生かせとか、自然回帰が話題になって、色も着けず、ワックスもニスも塗っていない無垢の白木の感触を楽しむのがいいとされたんです。仕掛け人はわかりませんが、その頃からヨーロッパのおもちゃが輸入されるようになりました。
おもちゃ屋で育ったわけですから、おもちゃの何がおもしろくて何が売れるかは分かっていたつもりですが、白木のおもちゃはシンプルすぎる。木の温もりで子どもが育つなら家の柱にしがみついていても育つじゃないか!(笑)と思ったわけです。それでも先進国の人たちがいいというのだからきっと理由があるはずだと考えているうちに、いろいろと分かってきて、更に私の人生の転機となるおもちゃと絵本に出会いました。

緒方   日本はいよいよ高度経済成長の時代ですね。

岩城   おもちゃはフィンランドのハンマートイ、絵本はアメリカで成功したレオ・レオニの「フレデリック」です。
ハンマートイというおもちゃは、H型に板を組み合わせてあって、真ん中の板にいくつか穴が空いている。そこに杭を打ち込むんです。全部打ち込んだらひっくり返して出ている杭をまたカンカンと打ち込む、じつに単純なおもちゃです。最初、これの何がおもしろいのかと思いましたね。こんなもの売ったら詐欺になると思ったほどです。しかし子どもに与えると見事に集中して遊ぶ。大人からみて一見意味がないように思える行為が、子どもにとってはとても楽しいらしい。そういえば、学校帰りの子どもを見ていると、拾った棒切れで意味もなくあちこち叩いて遊んでいる、これなんだと思いました。つまりハンマートイは、おもちゃでもって、叩いて遊ぶという行為を保障してやっているんだということに気づいたんです。
おもちゃが大事らしいということが、ヨーロッパのおもちゃと出会って見えてきた。更に突きつめていくと、世界ではじめて幼稚園を創設したドイツの教育家 フレーベル(Friedrich Wilheim August Fröbel, 1782-1852)の存在が大きい、ということにも気がつきました。

緒方   日本のおもちゃと根本的に違うところがあったんですね。

岩城   おもちゃを与える大人が、子どもを喜ばせてやりたいと思っているのは万国共通です。違っているのは、『刺激に反応する』子どもに対する考え方、対応の仕方です。日本の場合は、子どもが即反応する、より派手なもの、光ったり鳴ったり動いたりするものを選びがちなんです。業界もこれに呼応して刺激のレベルアップを競ってしまいます。最終的にはTVゲームのような刺激を与え続けるものが主流になってしまいました。極端ですね。
ヨーロッパ、とりわけドイツのおもちゃと出会ったときの印象は、これとまったく逆でした。シンプルであること、光ったり鳴ったりしないこと、いかに強い刺激を与えないか、刺激の少ないもの、単純なもの、あるいは自然なものという、まるで離乳食のようですが、そういうものを与えていきたいというメッセージが読みとれました。
文化が違うんだと思いました。

緒方   ということは、おもちゃ作家というか、デザイナーの目指すものも異なるわけですね。

岩城   日本でも最近やっとおもちゃ作家が食べていけるようになったといわれています。しかし今までは、おもちゃのデザインに時間をかけるより、家具や置物を作るほうがお金になったし、時間をかけ上等なおもちゃを作ったとしても高いと売れない。おもちゃ観、遊び観、ひいては子ども教育における哲学がヨーロッパとは違うんです。
ヨーロッパでは、ネフ社(Naef&Co. スイス)がおもちゃ作家の登竜門になっていて、ネフにデザインが採用されたということは、世界デビューを意味します。日本人の作品も何点か採用されています。また一流のデザイナーの作ったおもちゃは高い値段がつけられ、それが売れています。
ヨーロッパと日本との違いを考えると、私見ですが、フレーベルの存在の有無が大きな要因ではなかったかと思えます。

緒方   田中先生は発達心理学のご専門で、幼児教育の世界では日本を代表する学者であり現場の教育者でもいらっしゃるわけですが、ドイツのフレーベルに端を発した恩物(おんぶつ)による教育についてお話をお聞かせいただけますでしょうか。
(恩物 : ドイツ語 Gabe  の訳語、神から賜った物という意味。幼稚園で教育に用いるおもちゃ、道具、フレーベルの創案)

田中   私は15才で師範学校に入り国民学校の先生の免許状をいただき、以来ずっと教育畑を歩んできました。専門が乳児・幼児でして、図形を中心にして研究しておりましたので、実践的手法が必要と感じ、若い頃は幼稚園の先生方と研究を行い、世界中の幼児教育の現場に何度も視察に行きました。
その頃、欧米では自由保育のなかで、どのようにおもちゃを活用していくかに関心が高く、英独仏の幼稚園では、朝たくさんのおもちゃを教室に出して子どもたちに自由に遊ばせていました。自由保育のなかにこそ創造性が生まれるという発想ですね。そのおもちゃを創ったのがフレーベルでしょう。
フレーベルは数学者です。小さい頃に母を亡くし継母に育てられ、ずいぶんつらい思いをしたらしい。しかしお父さんが神父でしたので非行に走ることもなかったようです。彼が幼稚園を造ったのは56才のとき、今から約160年あまり前です。同時に恩物を作りました。
恩物というのは幾何学的な立体物が多いわけですが、それが幼稚園における最初の幼児教育のおもちゃじゃないかと思っています。色も形もはっきりした特徴があります。
日本において最初にこれを採り入れたのは愛珠幼稚園(大阪市中央区)です。大阪商人にはスケールの大きい谷町筋(スポンサー)的発想があります。道修町の人たちがドイツへ行って幼稚園があるのを知るんですね。それがきっかけで数人の方の私財でもって幼稚園を造りました。後に園は公立に移管されましたが、今も当時のおもちゃがたくさん愛珠幼稚園の蔵に残されています。
幼児教育というのは、子どもの遊びのなかで知能的にも情緒的にも発達を促していく、更に人間関係も育てていくという考え方がたいせつです。とりわけ子どもはおもちゃが好きですし、またたいせつな役割を果たすと思います。

COLOR & COLORIST  No.4   2003
 (有限会社辻埜プラニングオフィス)