◼︎対談
おもろいこと、やろうじゃないか
山極壽一 × 永田和宏
永田
たいへん興味深いお話をありがとうございました。時間が足りなくて、もっと聞いていたかったくらいです。山極さんはご自身でも「ゴリラのストーカー」と言っておられますが(笑)、山極さんとゴリラの関係で、私が好きなエピソードがあるんです。ジャングルでの調査中、雨が降って来たので木の洞へ入って雨宿りをしていたときのことです。タイタスという名前をつけた六歳ぐらい、小学一年生くらいのゴリラの男の子がやってきて、山極さんのそばに潜り込もうとした。ところが洞が狭くて入れないので、正面からのしかかるように抱き着いてきて、そのうち子どもだからそのまま寝ちゃったんですね。山極さんが書かれた本 (『「サル化」する人間社会』集英社インターナショナル)の中で、この話がとても印象に残っています。どのくらいの間、そうしていたんですか。
山極
一時間くらい一緒にいました。ゴリラの年齢は人間の年齢の二倍ですから、あのときのタイタスは、小学校一年生ぐらいではないんですね(笑)。六歳だと中学一年生ぐらいでしょうか。しかも体重は僕よりよほど重くて、八〇キロぐらいはあったと思います。
永田
それが膝の上に載っていると。
山極
ええ、僕の肩に顎が載っているのでまったく身動きができない。一度寝たらゴリラはしばらく起きないとわかっていましたから、諦めて身体検査をしていました。手はどのくらい大きいのかと広げてみたり、脂肪がどのくらいあるのかと皮膚をつまんでみたり……‥(笑)。ゴリラは人間よりも体温が高いので、もわっとして生あったかい。肌を接していると、心臓の鼓動まで聞こえてくるんです。だから一体感があって、じつに幸福な気持ちになりました。まぁ、こうしてきちんと言葉にして言えるようになったのは、後からのことなんですが。
永田
テレビドラマでも何でも、いいところで終わってしまって、後が描かれないですよね。そのあとに何が起きたかを知りたいなぁと思って。どうなったんですか?
山極
まぁ、雨が止んだのでスッと離れて。
永田
手も振らなかった?(笑)
山極
ゴリラってね、そのあたりすごくあっさりしている(笑)。ベタベタしないんです。
永田
この話には後日談があります。二十六年後、山極さんがアフリカを訪れて、タイタスに会いに行きました。はじめに行ったときは、さすがに山極さんも年を取っていたせいか、向こうも思い出してくれなかった。けれど二日後にもう一度会いに行ったら、まっすぐ向かって来て山極さんをじっと見た。そのときの記述が素晴らしいんです。山極さんがゴリラ語であいさつをすると、タイタスもそれに答えたというんです。そして、「タイタスの目は好奇心に燃えているときのように金色に輝き、顔つきは少年のようになり、目がくりくりとしてきました」。そのうち、土の上に仰向けに寝っ転がっちゃったんですよね。
山極
年をとったゴリラにとって仰向けに寝ることは、お腹が大きくて体も硬くなっているからきついんです。だから普通はしない。おそらくタイタスは、私に対して子どもになって見せたのでしょう。それから、近くにいた子どもを捕まえて取っ組み合って遊びはじめた。大人になるとゴリラはあまり笑わなくなるんですが、そのときのタイタスは子どものように、大口を開けてゲタゲタ笑っていた。いや、これはすごいと思いました。まったく子どもの頃の彼に戻っていたんです。
永田
いいですねえ。その話を読んだ時は感動しました。ゴリラにも思い出ってあるんですね。
山極
人間の思い出し方とは違うようですね。頭の中で「ああだったよな」とイメージが湧くのではなく、全身で昔に戻るというのが彼らの思い出し方なんでしょう。
僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう
(文藝春秋)