縄文時代は食べることに対して冒険の連続だったはずです。ただ、1万年以上の歳月の中で「これは食べても大丈夫」「この部分は食べても良いけれど、ここは食べると下痢をする」というような食材に対する知識は相当蓄積されていたと思います。しかし、その知識と経験を積み上げるためには、まずは最初に誰かが口に入れて判断するしかありません。雑食の彼らですから、新しい食べ物を得ることに対する執着は強かったのではないでしょうか。

食べられるモノがひとつでも増えれば、それは生活にとって良いことです。新しい食べ物を発見することは、縄文人の仕事の1つだったかもしれません。

ちょっと見方を変えて、そのような行為は彼らにとって一種の楽しみ、もっと言ってしまえば娯楽だったとしたらどうでしょう。今よりも塩分が薄い味付けに慣れているであろう彼らの舌は、相当鋭敏で研ぎ澄まされていたはずです。その状況で出会ったことがない味に出会うことは、彼らにとって、とてつもなく刺激的なことだったのではないでしょうか。だとしても時には食材に含まれる毒によって、命を落とすこともあったかもしれません。

命をかけたトライ・アンド・エラーを山ほど繰り返し、彼らはこの列島で生き抜くために食材を探し、日々の暮らしを紡いでいたのです。

 

『食べられるかどうかの確認』

①食べられそうなものを見つける

②鼻をゆっくり近づけ匂いを嗅ぐ

③手で少し触る→かぶれないことを確認して、ちぎってもう一度匂いを嗅ぐ

④舌の先で触れる→痺れないことを確認してひとまず持ち帰り、屋外で煮てみることにする

⑤アクは出るか、匂いはどうだ、粘りはでるか、変色はしないかを注意深く確認。その上で口に入れておいしいかどうか確認する

 

 

現代人が必要とするカロリーは1日約1800〜2200kcalと言われています。労働環境や年齢、性別によっても変わりますが、このカロリーの8割ほどを縄文人たちは摂取していたことがわかっています。植物が主食なのに、現代人の8割ものカロリーとは驚きますが、実はこの植物が鍵を握っていたようです。

彼らの主要食料である木の実は非常にカロリーが高く、それらを常食することで、合理的に必要なエネルギーを確保していたと考えられています。

 

100gあたりのカロリーを見てみると

コメ=クリ

コメ×4=クルミ

となっている

 

 

縄文時代はドングリなどの木の実をメインに食べていたわけですが、その比率は地域によって違うようです。東北、関東、北陸地方で中心的に食べていたのはクリで、ドングリ、クルミ、トチノミなどはそれを補う食材として。西日本、九州地方ではアク抜きをせずに食べられるイチイガシや、その他ドングリを中心に、それを補うようにクルミ、クリ、トチノミを食べていたようです。ご存知のとおり日本列島は南北に長く、それに伴い育つ植物が変わりますから、食べていたものに違いが出てくるのは当然のことと言えます。津軽海峡以南の日本列島ではシカ、イノシシはもちろん、ツキノワグマ、カモシカ、ノウサギ、キツネ、テンなどを狩っていますが北海道ではイノシシ、カモシカの代わりにエゾシカ、ヒグマに加え、トド、アザラシ、オットセイ、アシカがよく食べられていたのもその土地の特徴と言えるでしょう。石川県能登半島にある真脇遺跡や神奈川県三浦半島にある称名寺貝塚からは大量のイルカの骨が出土していて、北海道と同様、その土地でよく獲れる動物をメインに食べていたことがわかります。

こうした特産品は各地を交易した人たちにとって、厳しい道のりを旅する楽しみの1つだったのかもしれません。

 

 

知られざる縄文ライフ (誠文堂新光社)