ある日、生まれてはじめて契約を頂ける日が来ました。たどたどしく説明し終わった時、すぐ「契約するわ」と言って下さったのです。私は信じられない思いで、うれしくてうれしくて、夢中で契約書に書いて頂きました。どうしたかはあまり夢中だったので覚えてませんが、玄関を出た時、飛び上がる程うれしくて、空を飛んでいる様に身が軽く、喜びであふれました。私は一生涯、契約をとれる日が来ないと思っていましたので、夢のようでした。こんな下手な私でも契約して下さる人がいることが本当にありがたかったのです。ピアノが欲しかった人だったので、すんなり契約して下さったのです。だったら、欲しい人に会えれば私でもできるのではないかという望みが出て来ました。
この日をきっかけに、私は仕事を夢中でするようになりました。そして、斎藤さんから色々とアドヴァイスを受けるようになり、すべて実践し、ダントツの成績を上げるようになりました。
斎藤さんのアドヴァイスは、まず、家を出る前にやるべきことを全部やって家を出なさい、ということでした。このまま死んでも人に迷惑をかけないように、家を整理整頓し、お掃除、洗濯、片付け、全部済ませてから会社に行くように、というお話でした。そして、人に会いに行く前に、全身写る鏡で自分の姿を写し、人に会った時に不快でない恰好であるか確認してから出かけなさい、ということをお聞きしました。
私はすぐに実行しました。お掃除、食事の片付け、観葉植物の手入れ、お洗濯と、さっさと済ませ、サイフォンでコーヒーを入れ、ゆっくり飲んでから出かけました。その時家には全身写る鏡がなかったので、会社にある大きな鏡に自分を写して、姿をチェックして出かけました。家でお掃除をはじめた時から、気持ちはさわやかで、どんどん意欲が湧いて来るのです。出かけることが楽しみな気持ちで家を出るので、会社の鏡で自分を写した時は、とても明るく楽しそうな自分にいつもほっとしました。
その日から見事に、インターホンを鳴らすとドアが開くようになりました。魔法の扉のように、ぱっと開くのです。すごいと感心しながら、次に困ったことが、ドアは開いても話ができない自分に気づきました。斎藤さんから、「相手が誰であろうが同じ話ができるようにしなさい」というお話を聞き、自分のセールストークを考えました。一軒一軒飛び込みでお会いする主婦の方でも、学生さんでも、会社の社長でも、総理大臣であっても、同じ話ができるようにと考え、つくりました。そして声を出して練習しました。長い話はいらないのです。次は外へ行って、練習したことを実践していきました。まずドアはすぐ開くのです。出て来られた人は、「いつもは絶対開けないのに、今日は思わず出て来てしまったわ」とおっしゃいます。私はとてもうれしくて、自然と笑顔が出てしまいます。話ができると、人はよく聞いてくれます。そして、少しずつ契約がとれるようになってきました。欲しい人に会えるまで歩こうと決め、歩いていると、必ず一人会えるようになり、一日一本の契約がとれるようになったのです。
ある日、会社に帰った時、壁に大きく私の名前が書かれてある紙が貼り出されていました。東京都で第二位という成績になっていました。私は信じられない気持ちで見ていましたが、間違いなく、私は二位なのです。こんな下手な私が二位なのかと考えると、不思議な気持ちがしました。同時に喜びが沸々とこみ上げてくるのです。思わず一位になりたいという気持ちになっていました。それは胸がときめき、開いていくような感覚で、わくわくしました。この感覚は本当に久しぶりでした。ふと、私はいつも一位じゃないと気がすまない性質だったということを思い出しました。子供の頃から、人と比べられる位の一位が嫌で、何でも比べられない位じゃないと気がすまず、頑張るのでした。そうすると必ず成っていくのです。随分長い間、この気持ちを忘れていたことに気づきました。斎藤さんに会って、抑圧が解き放たれると、子供の時から抱いていた気持ちまでとり戻し、蘇ってくることがわかりました。子供の頃みたいにやる気が湧いて、うれしくて、夢中でやりました。
一位になりたいと意識してから、自分の弱点の多いことを思い知りました。人の好き嫌いがはっきりしていて、苦手な人が多いことが最大の弱点でした。その上、苦手な人ばかりに立て続けに会うと、じんましんができてしまう程、生理的に嫌で、拒絶してしまうのです。一日歩いていると、自分にとっては九割が苦手なタイプの人に会っていくのです。不自由であることはわかりつつ、どうしてよいかわからずに、困っていました。
ある日、斎藤さんにこのことをお話ししました。斎藤さんは、「自分に似ているから嫌なんだよ」とおっしゃいました。私は正直「とんでもない」と感じました。似ていれば好きで、自分と違うから嫌であると思いました。そのことを話しますと斎藤さんは、「人間は自分の生きている状態で人に会っていくものだ。お客様は鏡のように自分を写し、教えてくれるから断り文句から自分の何を断られているかわかりなさい」とおっしゃいました。どのような状態の事をおっしゃっているのかすぐにわからなかったのですが、次の日から人に会って何を言われたかで自分のことを考えるようになりました。
一番多かった断り文句は、何かを言う前に「結構です」と言われることです。会うなり結構ですと言われる自分は、その人にとって必要のない人間であることはすぐにわかりました。人間はどういう人を必要と感じるのだろうかと考えました。人の役に立てる人間にならないと必要とされないことに気づきました。私は病気が治ったばかりで、営業やっても苦手な人が多くて、逃げてばっかりで、自分のことで精一杯で生きているのです。とても人の役に立てる人間ではないので、会うなり結構ですと言われるのは当然のことであることに気づきました。これは残念で、情けないことです。私は子供の頃より、人の運命が見えましたので、人間とは何かをずっと考え、答を探してきました。人が悲しいこと、不幸なことが、我身が痛む様に苦しく、悲しかったのです。子供で、何もできなかったので、祈るより術がなく、三歳の頃より誰に教えてもらった訳ではないのですが、まわりの人の幸福から、世界中の人の幸福、世界の平和を毎日祈ってきました。そんな気持ちがありながら、現実の自分は人の役に立つどころではなく、自分が生きることがやっとの状態なのです。これは本望ではありません。今日から人の役に立つ人間になろうと決めました。そして、人の役に立つ人間はどういう人かをしょっちゅう考えるようになりました。不思議なことに、すぐに人の役に立つ人間になった訳ではないのですが、成ると決め、考えはじめてから、「結構です」と言われなくなったのです。お会いする人が話を聞いてくれるようになったのです。
次は、話は聞いてくれても、契約に至らない状態で、また断り文句を毎日考えました。確かに、断り文句は見事に自分の生きている状態や傾向を表してくれています。はじめて会う人は的確にずばりと言ってくれます。言われるような自分は間違いなくあるのです。気づき、認めていくと、二度と同じ断り文句はなくなるのです。そして、契約が次から次へと決っていくようになりました。斎藤さんに言われたように、自分に似ているから苦手だったり、嫌と感じることがよくわかりました。自分の弱点と同じ傾向の人に会っていくのです。自分の弱点を相手を通して目のあたりに見るから嫌なのだとわかりました。自分の弱点に気づき、認めていくと、抜け出し、変わっていけることが喜びとなりました。子供の頃、唯一あった近くの小さな野山に行って、すみれを見つけると狂喜した楽しい思い出がありました。間違いを素直に認め、ありのまま感じられる自分を発見すると、その時の感覚が思い出され、心の中に花が咲いたようにうれしくて、さわやかな気持ちになり、解放されていくのです。毎日人に会いに行くことが楽しくて、夜寝る時は、朝が来ることを待って眠り、朝は飛び起き、お掃除をし、出かける時間が来るのをわくわくした気持ちで待って家を出るのです。
本音で生きて下さい (IDAKI)