現代の解剖・生理学の発達には、まさに目を見張るものがあります。
呼吸、循環、消化、代謝、神経、内分泌等、それぞれの分野で図書館ができてしまうほどの知識が蓄えられ、その発展はさらに加速度的に進んでいくかに見えます。現代医学は、この解剖・生理学の急激な発達に依存しているといってもよいでしょう。
それに加えて、今世紀中盤に入ってからの分子生物学は、人体の生理を文字どおり分子レベルで解析することを可能としました。各々の細胞内にある遺伝情報DNAの知識は、これまで知られていなかった病気の原因を明らかにし、遺伝病の治療を可能とし、また神経伝達物質の研究は、私たちの心の領域にメスを入れつつあります。現代科学は、こうした分野で勝利に近づきつつあるやに見えます。
それに対して、いわゆる伝承医学における解剖・生理学は、どのようなものなのでしょうか。
紀元前七世紀頃、スシュルタによって記されたといわれる医書 『スシュルタ本集』 には、すでにかなり正確な解剖学の知識が含まれていたことが分かっています。外科器具も進歩したものが用いられ、焼灼法が行なわれ、診断および治療に用いられる人体の急所 (マルマ) についての細かな知識も与えられています。膀胱結石の摘出や、造鼻術などもすでに行なわれていたようです。
しかしもちろん、当時は今のように豊富で正確な解剖学は存在しませんでした。現在のような解剖の道具もなければ顕微鏡もなく、また、人間の体を切り刻むということが宗教的に忌避された時代もありました。
現代の精緻で複雑な生理学に対し、アーユルヴェーダには 「トリ・ドーシャ理論」 と呼ばれる独特の生理学が存在します。「トリ」 は三つということを表し、「ドーシャ」 とはもともと 〝腐敗するもの、不純なもの〟 という意味ですが、これがバランスを崩すことによって人は健康を損ないます。その意味でこれは病素と訳されていますが、バランスをとって健康をもたらすのも、やはりドーシャです。



生命の科学・アーユルヴェーダは、ヴァータ・ピッタ・カファと呼ばれる三つの性質を基本に組み立てられます。

◼︎風の要素・ヴァータ
およそ、動きを伴う生命現象は、すべてこのヴァータがつかさどると考えられます。肉体の運動、感情や思考の流れ、感覚刺激や神経の働き、呼吸、これらの生理機能はヴァータによって営まれます。
ヴァータは、体の中の主に空間のあるところに存在します。たとえば、腸や骨の隙間がその代表です。また、身体運動の中心となる大腿部や腰、触覚をつかさどり、風に直接接する皮膚も、ヴァータ性の強い部位に数えられます。(アシュターンガ・フリダヤ・サンヒター I・十二・一~三 以下同じ)。
他のどの器官よりも素早く動く人間の心や、風そのものである呼吸も、ヴァータの重要な顕れです。したがって、あらゆる修養法の基礎である呼吸の統制や心の鎮静化は、とりもなおさず体内のヴァータ・ドーシャを鎮めることにつながり、逆に、ヴァータを鎮静化することで、呼吸や心の統制は容易となります。
聖典は、ヴァータの性質を次のように表現しています。
乾いた性質、軽い性質、冷たい性質、粗い性質、微細な性質、動きやすい性質 (アシュターンガ・フリダヤ I・十一・十二 以下同じ)。


◼︎火の要素・ピッタ
ヴァータが主として物理的な移動に関係するのに対し、ピッタは人体における化学変化をつかさどります。特に、食物の消化、吸収、代謝はピッタの作用です。さらに、情報の消化、吸収、代謝、すなわち情報を咀嚼し、解釈し、これを新たに組み立てることもまた、ピッタの重要な作用です。
体内の火はそれ自体で存在することはできません。そうでないと、自分自身の体を焼いてしまうからです。こうしてピッタは水元素と一緒になり、物質的にはしばしば酸の形をとることになります。
ピッタの主要な座は小腸 (またはへその部分) と表現されますが、ほかに胃、汗、血液、リンパ、目、皮膚などもピッタ性の高い部位です。
聖典は、ピッタの性質を次のように表現しています。
軽い油性、鋭い性質、熱い性質、軽い性質、肉の匂い、変わりやすい性質、流動する (湿潤な) 性質。


◼︎水の要素・カファ
『結合する性質』 を表す
心理的な安定をももたらす (感情の安定、慈悲や同情心、謙遜、忍耐、寛大さを与える、そして何よりも、愛という感情を与える)
カファは、体内のあらゆる組織に見られますが、胸部が主要な座であるとされています。胸部は、人体の中でも粘液性に富む場所です。他に胃、喉頭、咽頭、鼻、舌、あるいは油性の高い脂肪なども、カファの存在部位です。
聖典は、カファの性質を次のように表現しています。
油の性質、冷たい性質、重い性質、緩慢な性質、滑らかな性質、ねばねばした性質、安定した性質。


大いなる生命学 (三五館)