⚪️イギリス United Kingdom
English white
Victoria violet
English blue
English vermillion
Highland green
London smoke
ヨーロッパ大陸の北西に位置する島国で、イングランド、スコットランド、アイルランドの連邦国である。
B.C.400年頃にケルト系民族が居住し、B.C.50年、ローマ軍がブリテン島に攻め入ったとき、ケルト人が大青の薄いブルーを身体に塗彩して戦いを挑んだとのことから、青はイギリスの基底の色ということができる。
例えばユニオン・ジャック(イギリス国旗)のブルーを始め、オックスフォード・ブルー、ケンブリッジ・ブルー、ウェッジウッド・ブルー、ウェストミンスター・ブルー、ガーター勲章のブルーリボンなど数多くのブルーに関連した色名がある。同時にイギリスは赤の国である。ユニオン・ジャックの聖ジョージの赤い十字、聖パトリックの赤い斜め十字、ウェールズ旗の赤いドラゴンなど、聖ジョージの赤いドラゴン退治にまつわる伝説を今に伝えている。そのせいか、バッキンガム宮殿の近衛兵の赤いジャケット、赤いロンドンバスなど、街角で数多くの赤を見ることができる。
またイギリスは紋章の国であり、スコットランド高地人の紋章であるクラン・タータンやハンティング・タータンのタータンチェックの緑色や赤、黄などの色相の格子柄も、ブリティッシュ・トラディショナルを伝える色として、今なお愛好されている。聖パトリック(5世紀頃)はアイルランドの守護聖人であり、緑色が象徴色である。3月17日の祭日には、アイルランド人は緑色を身につける風習が残っている。スコットランド高地を象徴するハイランドグリーンなど、緑もイギリスの風土の色である。
⚪️フランス France
French vermillion
Empire green
France
White
French rose
Provence yellow
フランスはヨーロッパ西部に位置する大国で、東にドイツ、スイス、西に大西洋、南に地中海、北にドーバー海峡を挟んでイギリスと対峙している。
紀元前にはすでにケルト系民族がおり、4世紀半ばにゲルマン人が侵入し、フランク王国を樹立したのが始まりといわれる。この国ほど、政治体制と色彩文化が色濃く結びついているところはない。フランスの色といえば、フランス国旗は青、白、赤のトリコーロールであるが、青は4世紀にフランスで布教活動を行った聖マルタンの青い外套の奇跡の色である。12世紀以来、フランス王家は青地に金の百合の花の紋章を使用した。また赤は12世紀の聖ドニの赤い旗に由来する色である。さらに白は聖処女のジャンヌ・ダルクとオルレアン家に由来する色である。この3色が1789年のフランス革命以後、革命派の色として愛好され、フランス国旗や船舶旗となり、今日に至っている。またシャルトルの青、ブールジュの赤などのステンドグラスの色も、フランスを代表する色である。
また18世紀、ブルボン王朝のサロンで貴婦人たちは、ピンク色のドレスに身を包み、華やかな宮廷の恋愛遊戯を楽しんだ。セーブル窯のポンパドール・ピンクは、往時の雰囲気を華やかに伝えている。さらにゴッホ、シャガール、マティスなどの多くの芸術家が、フランス南部を訪れ自己の作風を確立したように、プロヴァンスの空やコート・ダジュールの紺碧の色は、プロヴァンスのヒマワリ、ミモザ、エニシダなど黄色の花園とともにフランスを代表する色である。
⚪️イタリア Italy
Venetian scarlet
Vatican
Italian green
Italian white
Capri blue
Burnt sienna
ヨーロッパ大陸の南、地中海に面した長靴のような形をした国である。「全ての道はローマに通ず」といわれた古代ローマ帝国の中心地であり、中世には都市国家として栄え、ルネッサンス文化の発祥地となり、ローマ、フィレンツェ、ヴェネチアなどの都市を中心に華やかなルネッサンス文化が発展した。
イタリア人が最も好きな色といえば緑であろう。「緑のハート」といわれるウンブリアや、トスカーナ地方を想起させ、今でも街角の至るところで緑色を見ることができる。国旗の緑は1796年、フランス軍がイタリアを統治したとき、ナポレオンがフランス国旗の青を緑に変えて使用したのが最初である。以後、紆余曲折を経て、1946年、共和制発足とともに、「トリコローレ」とよばれる現在の国旗の1色となった。
中世の頃、ヴェネチアは海洋都市国家として栄え、異国からのコチニールやケルメスなどの染料を入手することができた。その代表的な色が鮮やかなヴェネチアン・スカーレットであり、ローマ教皇の衣服の赤、枢機卿の赤、フランチェスカが描いたウルビーノ公の赤として、人気を博した。その赤はやがて19世紀半ばのイタリア統一戦争のガリバルディー部隊の赤いシャツに繋がっていく。赤は軍神マルスの象徴色であり、ローマ兵士の赤いマント以来、歴史を貫く代表的な色であろう。また地中海に接するイタリア海岸には白く塗られた家が立ち並び、海の青と白の絶妙なコントラストを見せている。神秘的な佇まいのカプリ島の「青の洞窟」や紺碧の空の「トスカーナの青」に見るような青もイタリアの風土の色である。
⚪️スペイン Spain
Spanish blue
Gypsy
Spanish red
Spanish yellow
Alhambra
Spanish black
スペインは多様な文化の国である。3世紀はじめにはローマの支配下に入り、5世紀には西ゴート族が侵入、8世紀にイスラム教の支配下に入り、やがてレコンキスタ(キリスト教徒による国土回復運動)が起こり、15世紀にキリスト教国となった。そしてコロンブスが新大陸を発見、無敵艦隊を擁し、世界に覇権を唱えることとなる。つまり、スペイン文化の伝統にはキリスト教とイスラム教文化が混在している。
「血と金の旗」といわれるスペイン国旗の赤は、ゴート人の象徴である黄金の盾を守るため、またアラブの侵入から国土を守るレコンキスタのため人々が流した尊い血を象徴しており、スペインの伝統色になっている。ベラスケスの赤、ゴヤの赤などスペインの画家の作品には印象的な赤が多い。
さらに、色名の「アルハンブラ」にみるように、イスラム教の色である緑もスペインに色濃く残っている伝統色である。
また黒も伝統色のひとつである。16世紀の黒服のファッションはスペインから始まった。スペイン王カルル5世、そしてその息子・フェリペ2世は、市民と同様に黒の衣服を常用したが、スペインの領土拡大にともなって、特に敵国のイギリス、オランダに伝播し、やがてヨーロッパ中に拡大していった。画家のベラスケスが描く彼らの肖像画は、黒衣を着た王たちである。そして17世紀スペイン絵画の黄金期、ベラスケス、スルバラン、18世紀ゴヤの描く絵は、スペイン黒といわれる黒色顔料を使用したキアロスクーロ絵画として、美術史上に燦然と輝いている。
⚪️ポルトガル portugal
Azulejo blue
Azulejo green
Carmine red
Lisbon yellow
Oporto
White
ヨーロッパ大陸の最西端の国である。大航海時代にはアジア大陸の最東端の日本とも交流があった。隣国スペインと同様に、イスラム教徒に占領され、レコンキスタで国土を取戻した歴史がある。
首都リスボンを歩いていると、街角の至るところにある黄色の外壁、黄色の電車など、黄色のラッシュに驚かされる。黄色はレコンキスタ(国土回復運動)の際に、取戻した5つの城の象徴であり、勇敢なポルトガル人を賞賛するシンボルカラーでもあって、その伝統が今日まで続いていると思われる。また、この黄色は大航海時代に彼らが使用した天球儀の象徴色でもある。
赤もスペインと同様に、大航海時代における新大陸発見や、レコンキスタ、また共和制国家設立のときに流された人々の苦難と犠牲の赤い血を表わしている。ポルトガルの国旗は、この赤と緑がメインカラーになっており、この緑も、レコンキスタの際、エヴォラの街を奪回した「アヴィシュ騎士団」の緑の紋章に由来するといわれている。騎士団の信条である「希望と誠実」を表わしている。ポルトガルという名は、ポートワインの町、ポルトのラテン語旧名に由来するといい、ポートワインはこの国を代表するワインの名前である。
またポルトガルの街でよく見かけるものは「アズレージョ」の青い絵タイルである。宮殿や教会、公会堂、駅舎、庭園の壁面や床のどこを見ても、青や緑の絵タイルがある。都市サンタレンにある「サンタ・マリア・デ・マルヴィラ教会」のアズレージョ装飾は最も有名である。
⚪️オランダ Netherlands
Delft blue
Dutch black
Dutch vermillion
Dutch orange
Dutch blue
Dutch white
西ヨーロッパ北部に位置し、国土の1/4が海面下の低湿地帯にある。オランダ語のネーデルランドは「低地地方」の意味である。
古くから神聖ローマ帝国の領土であったが、15世紀以後、スペインの統治下にあった。オレンジ公ウィリアム1世が蜂起し、長い80年戦争の後、オランダ独立を勝ち取った。以後、ウィリアム3世は「名誉革命」でイギリス王を兼任し、17世紀に一大海洋帝国を作りあげた。
オランダ人がもっとも好む色のひとつが、オレンジ公に由来するオレンジ色である。80年戦争の時にはオレンジ公の盾紋に由来する「オレンジ、白、青」の三色旗海洋「プリンセンの旗」と呼ばれ、使用された。ただ、当時の染料ではオレンジは退色しやすいので、1795年には「赤、白、青」の3色が正式な国旗となったが、サッカーのナショナルチームのユニフォームではこのオレンジ色を使用しているオランダのことを別名「黒い大地」という海洋、ドイツに始まるキリスト教の宗教改革はオランダに広まり、聖職者や清教徒たちの黒い衣服は、やがてオランダ全体に広まっていった。この「オランダの黒」も衣服だけでなく、絵画や、果ては17世紀の「黒いチューリップ」(アレキサンダー・デュマ作)にまで広がっていく。北ヨーロッパ特有の陰影に富んだ「オランダの光」の下で、光を描いたレンブラント、神秘的な青のフェルメール、オランダの農民を描いたゴッホ、形式を赤、黄、青の直線に単純化したモンドリアン、そして今なお愛好されている青のデルフト陶器など、数々の美術・工芸の名作を生み出している。
⚪️デンマーク Denmark
Copenhagen green
White
Denmark red
Copenhagen blue
Amber brown
Gold yellow
デンマークはユトランド半島とその周辺の島々からなる国である。8世紀頃、ノルマン人の支配下に入り、11世紀頃クヌーズ1世が出現し、「北海帝国」を樹立した。中世には「カルマル同盟」を設立し、北欧最大の強国となった。
この北欧人の特徴は、メラニン色素の不足のために生ずる金髪、碧い瞳、白い肌である。特に金髪はノルマン人、ゲルマン人の身体的特徴になっている。また金色は北欧神話の黄金の林檎の逸話にあるように重要な意味を持つ。スカンジナビア伝説による5世紀頃の黄金の角も発見されている。さらに近代でもエーレンシュレーガーの詩「金の角笛」がある。また北欧神話では雷神トールは赤い衣服に赤髭で知られるが、この赤はデンマークの国旗の、赤地に白のスカンジナビア十字の国旗にも繋がっていく。伝承では国旗の赤は13世紀初頭、デンマーク王のバルデマール2世が異教徒エストニア軍と戦い苦戦していたとき、空からこの旗が降りてきて、この国旗を掲げたところ大勝利したという伝説に由来している。
デンマークの色彩は北欧神話に基づくものと西洋文化の影響を受けた二面があるが、ひとつは品格のある白磁のロイヤル・コペンハーゲン磁器である。その「フローダ・ダニカ」の白と緑や「ブルー・フルーテッド」の青は、その代表である。ふたつめはアルネ・ヤコブソンや、ハンス・ウェグナーなど、「モダン・デザイン」の白と黒やナチュラルカラーであろう。また1994年から開始した「エコスクール」プログラムによって、緑を最も大切にする国となっている。
⚪️ロシア Russia
Russian white
Russian black
Russian red
Russian blue
Kremlin
Gold
ロシア連邦は、多数の国々と国境を接する、世界最大の面積を誇る大国である。その大半がスラブ民族によって形成されている。現在のロシア国旗の「青、白、赤」の3色の青は皇帝と小ロシア(ウクライナ)人、白は白ロシア(ベラルーシ)人、赤は人民と大ロシア(ロシア)人を意味するという説もあり、これらの色は「汎スラブ色」といわれている。中世にはウラジミール1世、15世紀にはイワン雷帝、18世紀にはピョートル大帝などの傑出した皇帝により、強大な国家として成長した。ロシアの文化には大きくわけて3つの側面がある。①はロシア正教の影響の成立、②はクレムリンを中心とするスラブ民族の文化、③は強大な国土を背景にしたアジア文化との混合である。
ロシア正教における文化的特徴のひとつは大聖堂などの聖霊を表わす火焔模様の屋根である。「ねぎ坊主」といわれ赤と緑、金色、紺青などに彩られており、教会内、家庭内を飾る「イコン」も、ロシア正教の特徴である。その多くは金色や、紺青、赤を背景として、青衣や黒衣を着た聖母マリアが描かれている。これらの色は、ロシア人の魂に根深く宿っている。またアジア的な特徴としては、多様な民族衣裳が残っているが、20世紀初頭ヨーロッパを席巻した「バレー・リュス」の原色調の舞台装置や舞台衣裳を見れば分かるだろう。またラリオーノフやカンディンスキー、シャガールの豊穣な色彩にも表われている。そしてロシア人の白への執着は、画家マレーヴィチの「シュプレマティスム」(絶対主義)絵画やロシア構成主義に如実に表われている。
⚪️スウェーデン Sweden
Swedish green
Swedish gray
Swedish blue
Swedish yellow
Fallen red
White
ヴァイキングの国である。スカンジナビア半島の中央から東側に位置する。白夜の国であり、冬の寒さも厳しい。北方ドイツやフィンランド、東スラブ領土へも進出した。積極的に西欧文化やキリスト教文化を受け入れ、14世紀にはデンマーク、ノルウェーと「カルマル同盟」を結び、現在の国家体制の基礎を築いた。
スウェーデンを特徴づける色彩は国旗に見られる青と黄である。スウェーデンの国旗は「金十字旗」と呼ばれ、青地に金の「スカンジナビア十字」が描かれた旗である。諸説があるが、青は澄んだ空、金はキリスト教・自由・独立を表すという。1157年にエリク9世が青空に金十字を見たという故事に由来するともいわれるが、1569年にヨハン3世が青地に黄十字のしるしに関する布告を出している。
ストックホルムの街を歩いていると、祭日でもないのに至るところに国旗が掲げているのに驚かされる。他の国なら赤い郵便ポストも国旗好きのスウェーデンでは青(市内限定郵便)と黄色であり、郵便配達車も黄色地に青のマークである。空港への直通列車もまた青に黄色のラインが入っている。この国でもっとも有名なお祭りのひとつに聖ルチア祭がある。聖ルチアは「光」をもたらした聖人であり、この日には子供たちは白い衣裳に真紅の帯をつけ、ロウソクのリースを頭に被り、黄色いルチアロールパンを配って歩く。聖ルチアは「光の聖人」としてガラス工芸の守護聖人であることから、ガラス工芸の国であるスウェーデンでは、ことのほか信仰されている。
⚪️ドイツ Germany
German yellow
Dresden blue
German black
German red
Danube green
Dresden brown
ゲルマン民族の本拠地である。4世紀半ばに始まる民族の大移動によって、10世紀頃に神聖ローマ帝国としての地位を確立した。18世紀には「プロイセン王国」、19世紀には「ドイツ帝国」と変遷し、今日に至っている。神聖ローマ帝国の国旗の「金色地に黒い双頭の鷲」は、現在の統一ドイツの国旗「黒、金、赤」の三色旗の原点となっている。16世紀に始まるマルチン・ルターの宗教革命は、虚飾を配し、素朴な信仰生活を求めたことから、黒い衣服を奨励することとなった。また、南ドイツにあるシュヴァルツヴァルトは「黒い森」として知られている。ゲルマン民族にとって黒は歴史に根ざした風土の色なのであろう。
元来、ゲルマン民族は森林民族であり、厳寒の冬から解放され、緑の復活・再生を祝する「五月祭」の伝統が今でも色濃く残っている。中世では5月1日(メイ・デー)に、緑のリボンや葉っぱなどで飾った五月柱(メイ・ポール)を立て、緑の衣服を着て、その周囲で踊ったり、散策をしたりして、「五月の女王」(メイ・クイーン)を選び、緑の再生と豊かな実りを祈願した。またゲルマン信仰の光の神で、春の象徴である女神オステラ(またはオスタラ)の祭りがキリスト教の復活祭(イースター)と合祀して、さまざまな色彩で彩色したイースターエッグを作ったりする。黒を求めたドイツ人は、白い磁器に対する異常な憧憬をもち、1709年にヨーロッパ最初白磁であるマイセン磁器を作り上げた。この白は、やがて黒いハーケン・クロス(鉤十字)のナチス・ドイツに対する「白バラ運動」に結びついていく。
⚪️オーストリア Austria
Habsburg yellow
Habsburg white
Hapsburg black
Hapsburg red
Theresian yellow
Tyrolian green
ヨーロッパ大陸の中央で、北はドイツ、チェコ、西はスイス、リヒテンシュタイン、南はイタリア、東はチェコ、ハンガリーなどと隣接する地域に位置する。
ドイツと同様にゲルマン民族を祖として、中世に神聖ローマ帝国の傘下に入り、やがてハプスブルク家の台頭とともに統治のもと、「太陽の沈まない帝国」といわれ、近世まで栄えた。ハプスブルク家の当主マクシミリアン1世は「白王」、その父は「老白王」といわれ畏敬された。白はアルプスの雪とともに風土の色である。
神聖ローマ帝国の伝統を受け継ぎ、「黄色地に黒の双頭の鷲」を国旗に定め黒い双頭の鷲を紋章とした。現在の国旗は、13世紀にフリードリッヒ2世が神聖ローマ帝国に反旗を翻したときに使用したもので、赤と白の横縞の旗である。戦争を嫌い、子作りと婚姻政策によって領土を拡大してきたため、他国のように血腥い話は比較的少なく、18世紀のオーストリア女大公マリア・テレジア(フランス・ルイ16世妃マリー・アントワネットの母)、19世紀のエリザベート后妃(ヨーゼフ1世妃)など、女帝に関する逸話も多い。テレジアの居城シェーンブルン宮殿の外壁はテレジア好みのイエローに塗彩され、また、改築を行なったプラハ城の「スペインの間」にも同じイエローが使われた。武力によらず、結婚政策で領土の維持と拡大に努めたこの国では、音楽愛好と美術と美食が最大の文化であったが、特に近代に至り、「ウィーン分離派」を頂点としたアール・ヌーボー、モダン・デザインの発信地として花開いた。
⚪️ギリシャ Greece
Greek white
Olive yellow
Greek blue
Aegean blue
Arcadian green
Corinthian rose
ギリシャはヨーロッパ最古の文明国で、B.C.2000年頃にイオニア人が設立した植民地に端を発する。B.C.1400年頃、アカイア人、続いてドーリア人が侵入し、鉄器を使って華麗なミケーネ文明を破壊し、アテナイ、スパルタ、コリントスなどの独自の古代都市国家を形成した。B.C.350年頃、アレキサンダー大王により、遠くインドに続く広大なヘレニズム国家を作り上げた。以後、ローマ帝国台頭によって、その支配下に入り、東ローマ帝国へと変遷していく。
ギリシャの精神的な支柱は、大神「ゼウス」を頂点とするギリシャ神話の世界である。大神「ゼウス」は碧眼・金髪、美の女神「アフロディテ」は青緑色、軍神「アレス」は赤で象徴されている。またアテナイのアクロポリスの丘には、今なお堂々たる白亜のパルテノン神殿が偉容を見せている。白はギリシャの色彩文化の基調色である。サントリーニ島のギリシャ正教の聖堂も空色のドームに対して、外壁が石灰で塗られた真っ白い教会であり、オーストリアのエリザベート妃が建てたコルフ島の「アヒリオン」も白亜の宮殿である。青いエーゲ海に臨むギリシャの海岸沿いの集落には白い住宅が立ち並び、青と白がギリシャの風土の色となっている。ギリシャの現行の国旗は「青と白の横縞に、青地に白十字を重ねたもの」である。
またギリシャを代表する色といえば月桂樹やオリーブの葉の緑色である。古くから緑はアルカディア人が住む理想郷の色として崇められ、その葉の冠は競技の勝利者に与えられている。またオリーブ油の色もギリシャの風土の色である。
⚪️モロッコ Morocco
Morocco green
Morocco sand
Morocco red
Morocco yellow
Mogador blue
White
北アフリカ最北西部に位置し、マグレブ(Maghreb=日没の地、西方のアラブ諸国の意味)に属する一国である。古くからベルベル人が居住していたが、B.C.40年にローマ帝国、7世紀にイスラム、次いでスペイン、ポルトガルの支配下に入り、第二次世界大戦後、立憲君主国家として独立した。そのような経緯から、モロッコには、土着のベルベル、イスラム教を中心に、ローマ文化、スペイン、ポルトガルの文化が混在している。例えばベルベル人の今に残る伝統工芸として赤いベルベル絨毯を始め、豊かな染色文化がある。またイスラムの遺産としては、モスクと多彩なフェズ市街やサフィーの彩陶がある。ムハンマドの四女ファティマがヘンナの赤い色を愛好していたとの伝説があり、赤は悪霊を払う色として日常生活に用いられている。ついで西洋伝来のものとしては、古代ローマ遺跡のカラカラ帝の凱旋門やヴォルビリスのモザイク画、そしてスペインの面影を残す「テトゥアン」の白い街などがある。
特徴的なものをふたつあげよう。①「フェズ」や「マラケシュ」の市街には、絨毯や皮革業者の赤、橙、緑、藍の染色品が所狭しと並んでおり、市場の風景になっている。②世界遺産にもなっているフェズ市街の「カラウィーン・モスク」は、屋根にイスラム教の象徴である緑色の瓦を置き、外壁は青色のタイルを所狭しと敷き詰めている。
これらの色はモロッコ国旗に象徴されており、赤はアラウィー朝(現在まで続いている王室)を象徴する赤い地に「ソロモンの封印」を象徴する五芒星である。
⚪️ナイジェリア Nigeria
White
African red
African blue
Nigeria green
African black
Nigeria bronze
アフリカ西部に位置し、南は「奴隷海岸」といわれた大西洋のギニア湾に面している。1億人を超える人口を擁し、豊かな農産物と石油を産するアフリカ最大の国家である。
部族的には約250を超える部族があるが、大きくハウサ族、イボ族、ヨルバ族に分けられる。それはナイジェリアの「緑と白」の縦3色の国旗に表わされ、それぞれの縦縞は三部族を表象している。また、この国旗の緑は豊かな森林資源と農業、白は平和と統一を表現しているという。この緑色は多くのイギリス連邦諸国と同様に、イギリス色彩協議会が制定したという(1960年)。
さらにナイジェリアでは、イスラム教のハウサ族、キリスト教のイボ族、アミニズムのヨルバ族など、宗教的な差異があり、文化的多様性が特徴となっている。1960年にイギリスから独立したが、その後も各部族の特色が色濃く残っている。特にヨルバ族はナイジェリア南西部に位置する「ヨルバランド」という地域に住み、その中心の「ヨルバの森」では豊穣の女神「オシュン」を始めとするアミニズム信仰が生き続け、それが色彩文化にも顕著に表われている。ヨルバ族の女性たちは子安貝で作った神の色である白で神殿を塗っている。またヨルバ族では、女性の保護神であり、家事の神である「イタ・マポ」という神に結びついて、「アディレ・エレコ」という、インディゴで絞り染めした衣服を着用している。またカラバリ族では、死者の家は生まれてきたと同様に赤い色で壁を塗るという。一方、ハウサ族は「黒い神々」を恐れ、彼らの守護神と信じている。
⚪️エジプト Egypt
Egyptian red
White
Alexandria blue
Nile blue
Egyptian gold
Egyptian brown
世界の四大文明発祥の地のひとつである。アフリカ大陸の最北東部に位置し、東は紅海、西はリビア、南はスーダン、北は地中海に接している。
B.C.3000年頃には中央集権国家として統合され、強力な王権と主神アメン(太陽神ラー)への信仰のもとに高度なエジプト文明を発達させた。ペルシャ、ギリシャなど諸王朝の統治下で3000年にわたる盛衰を重ね、B.C.30年にローマ帝国の属州、639年にはイスラム軍の支配下に入った。このような変遷のもと、エジプト文化は古来の宗教観や死生観、ヘレニズム文化、イスラム文化の影響を色濃く受け継いでいる。
現在のエジプト国旗は、ナセル(元大統領)が率いたアラブ解放軍に由来する「赤、白、黒」の「汎アラブ色」である。赤はアラブ・イスラム革命と国民の血、白は明るい未来、黒は暗い過去を表わしている。また「エジプトはナイルの賜物」といわれるよう、毎年、ナイル川の氾濫は不毛の大地を肥沃な土地に変えた。ナイル川は季節や水量よって青、緑、白、赤、黒とさまざまに色を変える。エジプト人は、その姿に再生・不滅の姿を見たのであろう。「青ナイル」の青(ナイル・ブルー)は、その象徴である。また日没と日の出を繰り返す太陽は、復活のシンボルであり、太陽神ラーは赤い色で描かれている。壁画に描かれた農業・再生の神オシリスは緑色の顔をしており、死者の胸元に置かれる護符の「スカラベ」も青緑色の石である。ツタンカーメン王の黄金のマスクに見るように、黄金も不滅の色であり、不死を象徴する色であった。
⚪️その他のアフリカ諸国
The other African countries
Sudan black
Safari
Kenya red
Cngo pink
Sahara
Guinea green
アフリカ大陸は「暗黒の大陸」「黒い大陸」と呼ばれている。大陸の住人が人種的に黒い肌をしたニグロイド(Negroid) に属し、人類が最初に誕生した地でありながら、エジプト以外のほとんどの国が、近代まで高度な文明を持っておらず、第二次世界大戦後に独立した国である。
アフリカを代表する色に「汎アフリカ色」というのがある。それはアフリカ諸国の国旗に使われている代表的な「赤、黄、緑」の3色である。赤は革命、独立のために流した血、黄はアフリカの富と繁栄を約束する鉱物資源(太陽の説もある)、そして緑はアフリカの豊かな森林資源を象徴している(平和、民族・宗教の調和の説もある)という。この3色の国旗は、1798年のエチオピアを始め、カメルーン、ギニア、コンゴ、セネガル、ブルキナファソ、ベナン、マリの諸国で用いられている。また19世紀に起こった、アフリカ系住民の結束と連帯を呼びかけた「パン・アフリカ主義運動」の連帯旗では、「赤、緑、黒」の3色であったが、この運動は後のアフリカ諸国独立の精神的基盤となった。この場合の黒は黒人の黒い肌をさしている。また世界黒人開発協会アフリカ社会連合によると、「汎アフリカ色」は「赤、緑、黒」であるというがこの3色のみを使った国旗はマラウイとこの協会旗のみであり、多くの場合、前述の「赤、黄、緑」の3色か、「赤、黄、緑、黒」の4色になっている。その4色の国旗はガーナ、ギニアビサウ、サントメ・プリンシペ、ザンビアなどである。
色の知識
Color Museum in the World
ー名画の色・歴史の色・国の色ー
(青幻舎)
English white
Victoria violet
English blue
English vermillion
Highland green
London smoke
ヨーロッパ大陸の北西に位置する島国で、イングランド、スコットランド、アイルランドの連邦国である。
B.C.400年頃にケルト系民族が居住し、B.C.50年、ローマ軍がブリテン島に攻め入ったとき、ケルト人が大青の薄いブルーを身体に塗彩して戦いを挑んだとのことから、青はイギリスの基底の色ということができる。
例えばユニオン・ジャック(イギリス国旗)のブルーを始め、オックスフォード・ブルー、ケンブリッジ・ブルー、ウェッジウッド・ブルー、ウェストミンスター・ブルー、ガーター勲章のブルーリボンなど数多くのブルーに関連した色名がある。同時にイギリスは赤の国である。ユニオン・ジャックの聖ジョージの赤い十字、聖パトリックの赤い斜め十字、ウェールズ旗の赤いドラゴンなど、聖ジョージの赤いドラゴン退治にまつわる伝説を今に伝えている。そのせいか、バッキンガム宮殿の近衛兵の赤いジャケット、赤いロンドンバスなど、街角で数多くの赤を見ることができる。
またイギリスは紋章の国であり、スコットランド高地人の紋章であるクラン・タータンやハンティング・タータンのタータンチェックの緑色や赤、黄などの色相の格子柄も、ブリティッシュ・トラディショナルを伝える色として、今なお愛好されている。聖パトリック(5世紀頃)はアイルランドの守護聖人であり、緑色が象徴色である。3月17日の祭日には、アイルランド人は緑色を身につける風習が残っている。スコットランド高地を象徴するハイランドグリーンなど、緑もイギリスの風土の色である。
⚪️フランス France
French vermillion
Empire green
France
White
French rose
Provence yellow
フランスはヨーロッパ西部に位置する大国で、東にドイツ、スイス、西に大西洋、南に地中海、北にドーバー海峡を挟んでイギリスと対峙している。
紀元前にはすでにケルト系民族がおり、4世紀半ばにゲルマン人が侵入し、フランク王国を樹立したのが始まりといわれる。この国ほど、政治体制と色彩文化が色濃く結びついているところはない。フランスの色といえば、フランス国旗は青、白、赤のトリコーロールであるが、青は4世紀にフランスで布教活動を行った聖マルタンの青い外套の奇跡の色である。12世紀以来、フランス王家は青地に金の百合の花の紋章を使用した。また赤は12世紀の聖ドニの赤い旗に由来する色である。さらに白は聖処女のジャンヌ・ダルクとオルレアン家に由来する色である。この3色が1789年のフランス革命以後、革命派の色として愛好され、フランス国旗や船舶旗となり、今日に至っている。またシャルトルの青、ブールジュの赤などのステンドグラスの色も、フランスを代表する色である。
また18世紀、ブルボン王朝のサロンで貴婦人たちは、ピンク色のドレスに身を包み、華やかな宮廷の恋愛遊戯を楽しんだ。セーブル窯のポンパドール・ピンクは、往時の雰囲気を華やかに伝えている。さらにゴッホ、シャガール、マティスなどの多くの芸術家が、フランス南部を訪れ自己の作風を確立したように、プロヴァンスの空やコート・ダジュールの紺碧の色は、プロヴァンスのヒマワリ、ミモザ、エニシダなど黄色の花園とともにフランスを代表する色である。
⚪️イタリア Italy
Venetian scarlet
Vatican
Italian green
Italian white
Capri blue
Burnt sienna
ヨーロッパ大陸の南、地中海に面した長靴のような形をした国である。「全ての道はローマに通ず」といわれた古代ローマ帝国の中心地であり、中世には都市国家として栄え、ルネッサンス文化の発祥地となり、ローマ、フィレンツェ、ヴェネチアなどの都市を中心に華やかなルネッサンス文化が発展した。
イタリア人が最も好きな色といえば緑であろう。「緑のハート」といわれるウンブリアや、トスカーナ地方を想起させ、今でも街角の至るところで緑色を見ることができる。国旗の緑は1796年、フランス軍がイタリアを統治したとき、ナポレオンがフランス国旗の青を緑に変えて使用したのが最初である。以後、紆余曲折を経て、1946年、共和制発足とともに、「トリコローレ」とよばれる現在の国旗の1色となった。
中世の頃、ヴェネチアは海洋都市国家として栄え、異国からのコチニールやケルメスなどの染料を入手することができた。その代表的な色が鮮やかなヴェネチアン・スカーレットであり、ローマ教皇の衣服の赤、枢機卿の赤、フランチェスカが描いたウルビーノ公の赤として、人気を博した。その赤はやがて19世紀半ばのイタリア統一戦争のガリバルディー部隊の赤いシャツに繋がっていく。赤は軍神マルスの象徴色であり、ローマ兵士の赤いマント以来、歴史を貫く代表的な色であろう。また地中海に接するイタリア海岸には白く塗られた家が立ち並び、海の青と白の絶妙なコントラストを見せている。神秘的な佇まいのカプリ島の「青の洞窟」や紺碧の空の「トスカーナの青」に見るような青もイタリアの風土の色である。
⚪️スペイン Spain
Spanish blue
Gypsy
Spanish red
Spanish yellow
Alhambra
Spanish black
スペインは多様な文化の国である。3世紀はじめにはローマの支配下に入り、5世紀には西ゴート族が侵入、8世紀にイスラム教の支配下に入り、やがてレコンキスタ(キリスト教徒による国土回復運動)が起こり、15世紀にキリスト教国となった。そしてコロンブスが新大陸を発見、無敵艦隊を擁し、世界に覇権を唱えることとなる。つまり、スペイン文化の伝統にはキリスト教とイスラム教文化が混在している。
「血と金の旗」といわれるスペイン国旗の赤は、ゴート人の象徴である黄金の盾を守るため、またアラブの侵入から国土を守るレコンキスタのため人々が流した尊い血を象徴しており、スペインの伝統色になっている。ベラスケスの赤、ゴヤの赤などスペインの画家の作品には印象的な赤が多い。
さらに、色名の「アルハンブラ」にみるように、イスラム教の色である緑もスペインに色濃く残っている伝統色である。
また黒も伝統色のひとつである。16世紀の黒服のファッションはスペインから始まった。スペイン王カルル5世、そしてその息子・フェリペ2世は、市民と同様に黒の衣服を常用したが、スペインの領土拡大にともなって、特に敵国のイギリス、オランダに伝播し、やがてヨーロッパ中に拡大していった。画家のベラスケスが描く彼らの肖像画は、黒衣を着た王たちである。そして17世紀スペイン絵画の黄金期、ベラスケス、スルバラン、18世紀ゴヤの描く絵は、スペイン黒といわれる黒色顔料を使用したキアロスクーロ絵画として、美術史上に燦然と輝いている。
⚪️ポルトガル portugal
Azulejo blue
Azulejo green
Carmine red
Lisbon yellow
Oporto
White
ヨーロッパ大陸の最西端の国である。大航海時代にはアジア大陸の最東端の日本とも交流があった。隣国スペインと同様に、イスラム教徒に占領され、レコンキスタで国土を取戻した歴史がある。
首都リスボンを歩いていると、街角の至るところにある黄色の外壁、黄色の電車など、黄色のラッシュに驚かされる。黄色はレコンキスタ(国土回復運動)の際に、取戻した5つの城の象徴であり、勇敢なポルトガル人を賞賛するシンボルカラーでもあって、その伝統が今日まで続いていると思われる。また、この黄色は大航海時代に彼らが使用した天球儀の象徴色でもある。
赤もスペインと同様に、大航海時代における新大陸発見や、レコンキスタ、また共和制国家設立のときに流された人々の苦難と犠牲の赤い血を表わしている。ポルトガルの国旗は、この赤と緑がメインカラーになっており、この緑も、レコンキスタの際、エヴォラの街を奪回した「アヴィシュ騎士団」の緑の紋章に由来するといわれている。騎士団の信条である「希望と誠実」を表わしている。ポルトガルという名は、ポートワインの町、ポルトのラテン語旧名に由来するといい、ポートワインはこの国を代表するワインの名前である。
またポルトガルの街でよく見かけるものは「アズレージョ」の青い絵タイルである。宮殿や教会、公会堂、駅舎、庭園の壁面や床のどこを見ても、青や緑の絵タイルがある。都市サンタレンにある「サンタ・マリア・デ・マルヴィラ教会」のアズレージョ装飾は最も有名である。
⚪️オランダ Netherlands
Delft blue
Dutch black
Dutch vermillion
Dutch orange
Dutch blue
Dutch white
西ヨーロッパ北部に位置し、国土の1/4が海面下の低湿地帯にある。オランダ語のネーデルランドは「低地地方」の意味である。
古くから神聖ローマ帝国の領土であったが、15世紀以後、スペインの統治下にあった。オレンジ公ウィリアム1世が蜂起し、長い80年戦争の後、オランダ独立を勝ち取った。以後、ウィリアム3世は「名誉革命」でイギリス王を兼任し、17世紀に一大海洋帝国を作りあげた。
オランダ人がもっとも好む色のひとつが、オレンジ公に由来するオレンジ色である。80年戦争の時にはオレンジ公の盾紋に由来する「オレンジ、白、青」の三色旗海洋「プリンセンの旗」と呼ばれ、使用された。ただ、当時の染料ではオレンジは退色しやすいので、1795年には「赤、白、青」の3色が正式な国旗となったが、サッカーのナショナルチームのユニフォームではこのオレンジ色を使用しているオランダのことを別名「黒い大地」という海洋、ドイツに始まるキリスト教の宗教改革はオランダに広まり、聖職者や清教徒たちの黒い衣服は、やがてオランダ全体に広まっていった。この「オランダの黒」も衣服だけでなく、絵画や、果ては17世紀の「黒いチューリップ」(アレキサンダー・デュマ作)にまで広がっていく。北ヨーロッパ特有の陰影に富んだ「オランダの光」の下で、光を描いたレンブラント、神秘的な青のフェルメール、オランダの農民を描いたゴッホ、形式を赤、黄、青の直線に単純化したモンドリアン、そして今なお愛好されている青のデルフト陶器など、数々の美術・工芸の名作を生み出している。
⚪️デンマーク Denmark
Copenhagen green
White
Denmark red
Copenhagen blue
Amber brown
Gold yellow
デンマークはユトランド半島とその周辺の島々からなる国である。8世紀頃、ノルマン人の支配下に入り、11世紀頃クヌーズ1世が出現し、「北海帝国」を樹立した。中世には「カルマル同盟」を設立し、北欧最大の強国となった。
この北欧人の特徴は、メラニン色素の不足のために生ずる金髪、碧い瞳、白い肌である。特に金髪はノルマン人、ゲルマン人の身体的特徴になっている。また金色は北欧神話の黄金の林檎の逸話にあるように重要な意味を持つ。スカンジナビア伝説による5世紀頃の黄金の角も発見されている。さらに近代でもエーレンシュレーガーの詩「金の角笛」がある。また北欧神話では雷神トールは赤い衣服に赤髭で知られるが、この赤はデンマークの国旗の、赤地に白のスカンジナビア十字の国旗にも繋がっていく。伝承では国旗の赤は13世紀初頭、デンマーク王のバルデマール2世が異教徒エストニア軍と戦い苦戦していたとき、空からこの旗が降りてきて、この国旗を掲げたところ大勝利したという伝説に由来している。
デンマークの色彩は北欧神話に基づくものと西洋文化の影響を受けた二面があるが、ひとつは品格のある白磁のロイヤル・コペンハーゲン磁器である。その「フローダ・ダニカ」の白と緑や「ブルー・フルーテッド」の青は、その代表である。ふたつめはアルネ・ヤコブソンや、ハンス・ウェグナーなど、「モダン・デザイン」の白と黒やナチュラルカラーであろう。また1994年から開始した「エコスクール」プログラムによって、緑を最も大切にする国となっている。
⚪️ロシア Russia
Russian white
Russian black
Russian red
Russian blue
Kremlin
Gold
ロシア連邦は、多数の国々と国境を接する、世界最大の面積を誇る大国である。その大半がスラブ民族によって形成されている。現在のロシア国旗の「青、白、赤」の3色の青は皇帝と小ロシア(ウクライナ)人、白は白ロシア(ベラルーシ)人、赤は人民と大ロシア(ロシア)人を意味するという説もあり、これらの色は「汎スラブ色」といわれている。中世にはウラジミール1世、15世紀にはイワン雷帝、18世紀にはピョートル大帝などの傑出した皇帝により、強大な国家として成長した。ロシアの文化には大きくわけて3つの側面がある。①はロシア正教の影響の成立、②はクレムリンを中心とするスラブ民族の文化、③は強大な国土を背景にしたアジア文化との混合である。
ロシア正教における文化的特徴のひとつは大聖堂などの聖霊を表わす火焔模様の屋根である。「ねぎ坊主」といわれ赤と緑、金色、紺青などに彩られており、教会内、家庭内を飾る「イコン」も、ロシア正教の特徴である。その多くは金色や、紺青、赤を背景として、青衣や黒衣を着た聖母マリアが描かれている。これらの色は、ロシア人の魂に根深く宿っている。またアジア的な特徴としては、多様な民族衣裳が残っているが、20世紀初頭ヨーロッパを席巻した「バレー・リュス」の原色調の舞台装置や舞台衣裳を見れば分かるだろう。またラリオーノフやカンディンスキー、シャガールの豊穣な色彩にも表われている。そしてロシア人の白への執着は、画家マレーヴィチの「シュプレマティスム」(絶対主義)絵画やロシア構成主義に如実に表われている。
⚪️スウェーデン Sweden
Swedish green
Swedish gray
Swedish blue
Swedish yellow
Fallen red
White
ヴァイキングの国である。スカンジナビア半島の中央から東側に位置する。白夜の国であり、冬の寒さも厳しい。北方ドイツやフィンランド、東スラブ領土へも進出した。積極的に西欧文化やキリスト教文化を受け入れ、14世紀にはデンマーク、ノルウェーと「カルマル同盟」を結び、現在の国家体制の基礎を築いた。
スウェーデンを特徴づける色彩は国旗に見られる青と黄である。スウェーデンの国旗は「金十字旗」と呼ばれ、青地に金の「スカンジナビア十字」が描かれた旗である。諸説があるが、青は澄んだ空、金はキリスト教・自由・独立を表すという。1157年にエリク9世が青空に金十字を見たという故事に由来するともいわれるが、1569年にヨハン3世が青地に黄十字のしるしに関する布告を出している。
ストックホルムの街を歩いていると、祭日でもないのに至るところに国旗が掲げているのに驚かされる。他の国なら赤い郵便ポストも国旗好きのスウェーデンでは青(市内限定郵便)と黄色であり、郵便配達車も黄色地に青のマークである。空港への直通列車もまた青に黄色のラインが入っている。この国でもっとも有名なお祭りのひとつに聖ルチア祭がある。聖ルチアは「光」をもたらした聖人であり、この日には子供たちは白い衣裳に真紅の帯をつけ、ロウソクのリースを頭に被り、黄色いルチアロールパンを配って歩く。聖ルチアは「光の聖人」としてガラス工芸の守護聖人であることから、ガラス工芸の国であるスウェーデンでは、ことのほか信仰されている。
⚪️ドイツ Germany
German yellow
Dresden blue
German black
German red
Danube green
Dresden brown
ゲルマン民族の本拠地である。4世紀半ばに始まる民族の大移動によって、10世紀頃に神聖ローマ帝国としての地位を確立した。18世紀には「プロイセン王国」、19世紀には「ドイツ帝国」と変遷し、今日に至っている。神聖ローマ帝国の国旗の「金色地に黒い双頭の鷲」は、現在の統一ドイツの国旗「黒、金、赤」の三色旗の原点となっている。16世紀に始まるマルチン・ルターの宗教革命は、虚飾を配し、素朴な信仰生活を求めたことから、黒い衣服を奨励することとなった。また、南ドイツにあるシュヴァルツヴァルトは「黒い森」として知られている。ゲルマン民族にとって黒は歴史に根ざした風土の色なのであろう。
元来、ゲルマン民族は森林民族であり、厳寒の冬から解放され、緑の復活・再生を祝する「五月祭」の伝統が今でも色濃く残っている。中世では5月1日(メイ・デー)に、緑のリボンや葉っぱなどで飾った五月柱(メイ・ポール)を立て、緑の衣服を着て、その周囲で踊ったり、散策をしたりして、「五月の女王」(メイ・クイーン)を選び、緑の再生と豊かな実りを祈願した。またゲルマン信仰の光の神で、春の象徴である女神オステラ(またはオスタラ)の祭りがキリスト教の復活祭(イースター)と合祀して、さまざまな色彩で彩色したイースターエッグを作ったりする。黒を求めたドイツ人は、白い磁器に対する異常な憧憬をもち、1709年にヨーロッパ最初白磁であるマイセン磁器を作り上げた。この白は、やがて黒いハーケン・クロス(鉤十字)のナチス・ドイツに対する「白バラ運動」に結びついていく。
⚪️オーストリア Austria
Habsburg yellow
Habsburg white
Hapsburg black
Hapsburg red
Theresian yellow
Tyrolian green
ヨーロッパ大陸の中央で、北はドイツ、チェコ、西はスイス、リヒテンシュタイン、南はイタリア、東はチェコ、ハンガリーなどと隣接する地域に位置する。
ドイツと同様にゲルマン民族を祖として、中世に神聖ローマ帝国の傘下に入り、やがてハプスブルク家の台頭とともに統治のもと、「太陽の沈まない帝国」といわれ、近世まで栄えた。ハプスブルク家の当主マクシミリアン1世は「白王」、その父は「老白王」といわれ畏敬された。白はアルプスの雪とともに風土の色である。
神聖ローマ帝国の伝統を受け継ぎ、「黄色地に黒の双頭の鷲」を国旗に定め黒い双頭の鷲を紋章とした。現在の国旗は、13世紀にフリードリッヒ2世が神聖ローマ帝国に反旗を翻したときに使用したもので、赤と白の横縞の旗である。戦争を嫌い、子作りと婚姻政策によって領土を拡大してきたため、他国のように血腥い話は比較的少なく、18世紀のオーストリア女大公マリア・テレジア(フランス・ルイ16世妃マリー・アントワネットの母)、19世紀のエリザベート后妃(ヨーゼフ1世妃)など、女帝に関する逸話も多い。テレジアの居城シェーンブルン宮殿の外壁はテレジア好みのイエローに塗彩され、また、改築を行なったプラハ城の「スペインの間」にも同じイエローが使われた。武力によらず、結婚政策で領土の維持と拡大に努めたこの国では、音楽愛好と美術と美食が最大の文化であったが、特に近代に至り、「ウィーン分離派」を頂点としたアール・ヌーボー、モダン・デザインの発信地として花開いた。
⚪️ギリシャ Greece
Greek white
Olive yellow
Greek blue
Aegean blue
Arcadian green
Corinthian rose
ギリシャはヨーロッパ最古の文明国で、B.C.2000年頃にイオニア人が設立した植民地に端を発する。B.C.1400年頃、アカイア人、続いてドーリア人が侵入し、鉄器を使って華麗なミケーネ文明を破壊し、アテナイ、スパルタ、コリントスなどの独自の古代都市国家を形成した。B.C.350年頃、アレキサンダー大王により、遠くインドに続く広大なヘレニズム国家を作り上げた。以後、ローマ帝国台頭によって、その支配下に入り、東ローマ帝国へと変遷していく。
ギリシャの精神的な支柱は、大神「ゼウス」を頂点とするギリシャ神話の世界である。大神「ゼウス」は碧眼・金髪、美の女神「アフロディテ」は青緑色、軍神「アレス」は赤で象徴されている。またアテナイのアクロポリスの丘には、今なお堂々たる白亜のパルテノン神殿が偉容を見せている。白はギリシャの色彩文化の基調色である。サントリーニ島のギリシャ正教の聖堂も空色のドームに対して、外壁が石灰で塗られた真っ白い教会であり、オーストリアのエリザベート妃が建てたコルフ島の「アヒリオン」も白亜の宮殿である。青いエーゲ海に臨むギリシャの海岸沿いの集落には白い住宅が立ち並び、青と白がギリシャの風土の色となっている。ギリシャの現行の国旗は「青と白の横縞に、青地に白十字を重ねたもの」である。
またギリシャを代表する色といえば月桂樹やオリーブの葉の緑色である。古くから緑はアルカディア人が住む理想郷の色として崇められ、その葉の冠は競技の勝利者に与えられている。またオリーブ油の色もギリシャの風土の色である。
⚪️モロッコ Morocco
Morocco green
Morocco sand
Morocco red
Morocco yellow
Mogador blue
White
北アフリカ最北西部に位置し、マグレブ(Maghreb=日没の地、西方のアラブ諸国の意味)に属する一国である。古くからベルベル人が居住していたが、B.C.40年にローマ帝国、7世紀にイスラム、次いでスペイン、ポルトガルの支配下に入り、第二次世界大戦後、立憲君主国家として独立した。そのような経緯から、モロッコには、土着のベルベル、イスラム教を中心に、ローマ文化、スペイン、ポルトガルの文化が混在している。例えばベルベル人の今に残る伝統工芸として赤いベルベル絨毯を始め、豊かな染色文化がある。またイスラムの遺産としては、モスクと多彩なフェズ市街やサフィーの彩陶がある。ムハンマドの四女ファティマがヘンナの赤い色を愛好していたとの伝説があり、赤は悪霊を払う色として日常生活に用いられている。ついで西洋伝来のものとしては、古代ローマ遺跡のカラカラ帝の凱旋門やヴォルビリスのモザイク画、そしてスペインの面影を残す「テトゥアン」の白い街などがある。
特徴的なものをふたつあげよう。①「フェズ」や「マラケシュ」の市街には、絨毯や皮革業者の赤、橙、緑、藍の染色品が所狭しと並んでおり、市場の風景になっている。②世界遺産にもなっているフェズ市街の「カラウィーン・モスク」は、屋根にイスラム教の象徴である緑色の瓦を置き、外壁は青色のタイルを所狭しと敷き詰めている。
これらの色はモロッコ国旗に象徴されており、赤はアラウィー朝(現在まで続いている王室)を象徴する赤い地に「ソロモンの封印」を象徴する五芒星である。
⚪️ナイジェリア Nigeria
White
African red
African blue
Nigeria green
African black
Nigeria bronze
アフリカ西部に位置し、南は「奴隷海岸」といわれた大西洋のギニア湾に面している。1億人を超える人口を擁し、豊かな農産物と石油を産するアフリカ最大の国家である。
部族的には約250を超える部族があるが、大きくハウサ族、イボ族、ヨルバ族に分けられる。それはナイジェリアの「緑と白」の縦3色の国旗に表わされ、それぞれの縦縞は三部族を表象している。また、この国旗の緑は豊かな森林資源と農業、白は平和と統一を表現しているという。この緑色は多くのイギリス連邦諸国と同様に、イギリス色彩協議会が制定したという(1960年)。
さらにナイジェリアでは、イスラム教のハウサ族、キリスト教のイボ族、アミニズムのヨルバ族など、宗教的な差異があり、文化的多様性が特徴となっている。1960年にイギリスから独立したが、その後も各部族の特色が色濃く残っている。特にヨルバ族はナイジェリア南西部に位置する「ヨルバランド」という地域に住み、その中心の「ヨルバの森」では豊穣の女神「オシュン」を始めとするアミニズム信仰が生き続け、それが色彩文化にも顕著に表われている。ヨルバ族の女性たちは子安貝で作った神の色である白で神殿を塗っている。またヨルバ族では、女性の保護神であり、家事の神である「イタ・マポ」という神に結びついて、「アディレ・エレコ」という、インディゴで絞り染めした衣服を着用している。またカラバリ族では、死者の家は生まれてきたと同様に赤い色で壁を塗るという。一方、ハウサ族は「黒い神々」を恐れ、彼らの守護神と信じている。
⚪️エジプト Egypt
Egyptian red
White
Alexandria blue
Nile blue
Egyptian gold
Egyptian brown
世界の四大文明発祥の地のひとつである。アフリカ大陸の最北東部に位置し、東は紅海、西はリビア、南はスーダン、北は地中海に接している。
B.C.3000年頃には中央集権国家として統合され、強力な王権と主神アメン(太陽神ラー)への信仰のもとに高度なエジプト文明を発達させた。ペルシャ、ギリシャなど諸王朝の統治下で3000年にわたる盛衰を重ね、B.C.30年にローマ帝国の属州、639年にはイスラム軍の支配下に入った。このような変遷のもと、エジプト文化は古来の宗教観や死生観、ヘレニズム文化、イスラム文化の影響を色濃く受け継いでいる。
現在のエジプト国旗は、ナセル(元大統領)が率いたアラブ解放軍に由来する「赤、白、黒」の「汎アラブ色」である。赤はアラブ・イスラム革命と国民の血、白は明るい未来、黒は暗い過去を表わしている。また「エジプトはナイルの賜物」といわれるよう、毎年、ナイル川の氾濫は不毛の大地を肥沃な土地に変えた。ナイル川は季節や水量よって青、緑、白、赤、黒とさまざまに色を変える。エジプト人は、その姿に再生・不滅の姿を見たのであろう。「青ナイル」の青(ナイル・ブルー)は、その象徴である。また日没と日の出を繰り返す太陽は、復活のシンボルであり、太陽神ラーは赤い色で描かれている。壁画に描かれた農業・再生の神オシリスは緑色の顔をしており、死者の胸元に置かれる護符の「スカラベ」も青緑色の石である。ツタンカーメン王の黄金のマスクに見るように、黄金も不滅の色であり、不死を象徴する色であった。
⚪️その他のアフリカ諸国
The other African countries
Sudan black
Safari
Kenya red
Cngo pink
Sahara
Guinea green
アフリカ大陸は「暗黒の大陸」「黒い大陸」と呼ばれている。大陸の住人が人種的に黒い肌をしたニグロイド(Negroid) に属し、人類が最初に誕生した地でありながら、エジプト以外のほとんどの国が、近代まで高度な文明を持っておらず、第二次世界大戦後に独立した国である。
アフリカを代表する色に「汎アフリカ色」というのがある。それはアフリカ諸国の国旗に使われている代表的な「赤、黄、緑」の3色である。赤は革命、独立のために流した血、黄はアフリカの富と繁栄を約束する鉱物資源(太陽の説もある)、そして緑はアフリカの豊かな森林資源を象徴している(平和、民族・宗教の調和の説もある)という。この3色の国旗は、1798年のエチオピアを始め、カメルーン、ギニア、コンゴ、セネガル、ブルキナファソ、ベナン、マリの諸国で用いられている。また19世紀に起こった、アフリカ系住民の結束と連帯を呼びかけた「パン・アフリカ主義運動」の連帯旗では、「赤、緑、黒」の3色であったが、この運動は後のアフリカ諸国独立の精神的基盤となった。この場合の黒は黒人の黒い肌をさしている。また世界黒人開発協会アフリカ社会連合によると、「汎アフリカ色」は「赤、緑、黒」であるというがこの3色のみを使った国旗はマラウイとこの協会旗のみであり、多くの場合、前述の「赤、黄、緑」の3色か、「赤、黄、緑、黒」の4色になっている。その4色の国旗はガーナ、ギニアビサウ、サントメ・プリンシペ、ザンビアなどである。
色の知識
Color Museum in the World
ー名画の色・歴史の色・国の色ー
(青幻舎)