しんどくない料理のコツ
ユーチューブ公式チャンネルが、登録者数149万人を突破。シンプルで簡単な美味しい家庭料理が人気の料理研究家・コウケンテツさん。そんなコウさんでも〝料理がしんどい〟と感じることがあると話します。毎日の料理にコウさんのレシピを役立てている酒井順子さんとともに、〝料理がしんどい〟の背景にあるものを深掘りしました。料理研究家も料理がしんどい時がある酒井 お料理ユーチューブ、いつも楽しく拝見しています!コウ ありがとうございます!今、いちばん嬉しい言葉です。酒井 テレビや雑誌で大活躍のコウさんが、2020年のコロナ下に動画配信を始めようと思ったきっかけは何だったのでしょう。コウ 当時、仕事でも家庭でも、 料理に対して〝しんどい〟という気持ちがピークに達していたんです。 仕事でいうと、料理研究家はいかに多くのレシピを生み出すかを問われるのですが、その量の膨大さに心身ともに疲弊してしまっていたのかもしれません。テレビや雑誌だと、 レシピへの感想が自分のもとへ届きづらいことにも寂しさを感じていて。酒井 3人のお子さんの父でもあるコウさんは、家族のためにも料理を作っていらっしゃいますね。コウ それも大きな喜びではあるのですが、 仕事や家族が増えるなかで、常にキャパオーバー状態で家族の食事を作り続けることにも、 どこか追い詰められていたと思います。そうした気持ちをママ友やパパ友に打ち明けると、「うちも同じだ」と。特にコロナ下で、朝昼晩と家族全員が家で食事をするという状況になった時、「毎食の用意が大変すぎるから、観て、すぐ作れるようなレシピがほしい」 という切迫した声が集まりました。 それならば、動画でレシピを配信してみようと思ったのです。酒井 反響はいかがでしたか?コウ コメントなど、今までにないくらい反響をいただいて驚いています。それに、配信するなかで 「料理がしんどい時もある」「手料理は無理のない範囲で」という気持ちを正直に伝えたほうが、みなさんからの反応も大きいんです。酒井 コウさんのレシピは、身近な材料で作ることができ、使用する調味料もシンプル。そのわかりやすさ、普通さに助けられたという方も多いのではないでしょうか。コウ おっしゃるとおり、難しい作業はできるだけ省くようにしています。酒井 それでいて、新しい発見がある。私は特に、ナムルの可能性に目覚めました。ゼンマイやホウレンソウ、人参で作るものと思っていましたが、いろんな野菜でできるんですね。 ナスのナムルには感動しました!コウ 韓国料理では〝五味五色〟といって、〝青(緑)・赤・黄・白・ 黒〟の食材を〝辛・甘・酸・鹹(し よっぱい)・苦〟に味付けするという基本の考えがあるので、お店で出てくるナムルはカラフルなものが多いのかもしれません。 ナムルとは1種類の野菜を調味料で和えた料理のことなので、どんな野菜で作ってもいいんです。野菜は生でも、茹でても、炒めても、焼いてもいい。 味付けも、ごま油、酢、 しょうゆ、ごま、塩の5つでOKです。家庭によっては、ニンニクを使うこともありますね。酒井 冷蔵庫に常備すれば、お弁当の一品としても活躍するので、 本当に助かっています。 ナムルという調理法を知ったことで、野菜料理を考えるプレッシャーから、 かなり解放されました。食卓の問題には "男尊女卑〟が根底にコウ 日本の食卓には、「昨日は煮物だったから今日は焼き物に」とか「料理は手間暇かけてこそ愛情」 など、「こうしなきゃいけない」という暗黙のルールやプレッシャーが内からも外からもありますよね。 もともと料理好きの人も、それで時にしんどくなってしまう。 講演会でもお話しするのですが、「和洋中からエスニックまで、これほどワールドワイドな料理が食卓にあがるのは日本くらいですよ」って。酒井 確かに。しかも、それぞれの料理に合わせて、食器や調理器具が揃っていますよね。 数年前に流行ったタジン鍋とか(笑)コウ テレビの仕事で世界各国30くらいの家庭にお邪魔してきましたが、日本と本場の北アフリカ以外でタジン鍋がある家庭なんてあまり見たことないですから。(笑)酒井 そういう私も、このコロナ下で火鍋用の鍋を買ってしまいました・・・・・・。コウ ええっ(笑)!でも、日本の女性たちはさまざまな調理器具を駆使して、専門教育を受けたかのようなハイスペックの料理を作っている。スポーツでいえば、世界ランキングトップクラスの腕前ですよ。だから自信を持ってほしいけれど、反面、「そうするのが当たり前」「できるのが当たり前」という状況は異常だという意識も必要だと思うんです。酒井 そこまで頑張っているのに、 家族からはあまり褒められず、同じメニューが続けば「また?」と文句を言われ・・・・・・。家族への愛情があればやって当たり前と見られがちで、労働として評価されていません。世界的に見ても、女性が料理をするケースのほうがまだまだ多いのでしょうか?コウ そうですね。男女別の料理頻度を世界各国で調査したデータを見ると、ジェンダーギャップがあまりないとされている国でも、 女性は男性の2倍、日本は5倍も料理をしているらしいのです。 言語も宗教も違う、さまざまな国の台所に入って感じたのは、食卓の問題には、いまだに〝男尊女卑〟の 考えが根底にあるということ。そこがフラットにならないと、食卓やジェンダーの問題の根本的な解決に繋がらないと実感しています。酒井 家事をする人たちが感じる〝しんどさ〟は、家事という〝しんどさ〟に対してだけではない部分が大きくある━━。よくわかります。 コウさんご自身は、家事の分担はなるべく50%ずつと考えて いるそうですが、ご両親はどうだったのでしょうか。コウ 両親は韓国で生まれ、日本に移住してきました。父が長男だったこともあり、親族が集まる行事や法事の多い家で、母は4人の子どもの世話に加え、ひとりで家のことを切り盛りしていたんです。父は、儒教の教えが色濃い昔ながらの韓国の価値観を持つがゆえに、〝どっかと座っているのが男の仕事〟とばかりに家のことは一切しない。父のことはとても尊敬していましたが、その反面、「なんで手伝わないんだろう」と素朴に思ったし、違和感がありました。酒井 昭和の日本のお父さんたちと同じですね。コウ 韓国の男性は兵役があって、 裁縫も料理も洗濯も訓練を受けるため、身の回りのことは完璧にできるんです。その証拠に、僕が高校の頃に単身赴任をしていた父の家へ遊びに行った時、美味しいチゲを手際よく作ってくれたことがありました。「えっ、なんで料理できるの?」と聞いたら、「兵役で訓練されたから」って。要は、〝家事は男がやるものではないと〟いう考えでやらなかった。そんなこともあって、反面教師じゃないですけれど、僕は料理や家事を進んでするようになりましたね。家庭からストレスをなくすという大命題酒井 私の世代は特にそうかもしれませんが、母親が専業主婦で、料理はすべて手作り、食卓は家族で囲む、という育てられ方をしている人が多くいます。 そのせいか、 自分は仕事をしているから母親と同じようにするのは無理なのに、 そこに罪悪感を抱いてしまう。 「ああ、今日も冷凍食品を使ってしまった」というように。男性と同時に、女性側の意識改革も必要なのではないかと思うんです。コウ そういう食卓神話って、本当に根深い問題ですよね。世の中がこれほど大きく変わっているのに、食卓のあり方には「正解」があるという考えには無理がある。 たとえば僕は、自分のライフスタイルを公開しているからか、「家族で食卓を囲めるって幸せですよね」と話題を振られることが多いんです。そのとおりでもあるし、 美しい言葉だけれど、料理を作るのが嫌いな人だっているし、 団らんが好きじゃない人だっているでしょう。僕も、「たまには一人飯がしたいな」 と思いますし(笑)。家庭と個人、時と場合によって、 それぞれの「正解」があるんです。酒井 私も、パートナーが留守の日は「好きなものを食べよう」と、 一人でステーキを焼いてます。コウ 素晴らしい!酒井 一方では、「健康のために、栄養バランスを考えて手作りしないと」というプレッシャーものしかかります。コウ 医療関係者に聞いたのですが、「愛知県の謎」という面白い話がありまして。 食と健康はもちろん密接に関わっています。でも、 愛知県は野菜の摂取量が全国でも低いほうなのに、健康寿命は男女ともにトップクラス。 理由は諸説ありますが、「ジムに行くと飲食店の割引券をもらえる」「喫茶店が多く、 おしゃべりする場がある」など、ストレス発散の機会が多いからではないかという説が有力らしいの です。酒井 食生活よりむしろストレスに気をつけるほうが重要だと。コウ はい。お母さんは毎日毎日、 「健康的な食事を」と考えるストレスを抱え、お父さんは「健康にいいから」と、スーパーモデルが食べるようなヘルシー・スーパーフードみたいなものばかり食べていては、お互いストレスが溜まりますよね。(笑)酒井 キヌアとか。(笑)コウ 「家庭からいかにストレスをなくすか」という大命題を持つと、家事の新たな方向性が見えてくるのかもしれません。酒井 洗いものを減らしたいと、 お皿にご飯とおかずを一緒に盛るというコウさんのアイデアが大好きです。コウ わが家の場合、そうすることで茶碗5個ぶんの洗いものが減って、ずいぶんラクになりますから。 でも、すごく批判されましたね。「それくらいの家事はやれ」とか。(笑)酒井 以前、スーパーでポテトサラダを買おうとした女性に、年配の男性が「それくらい家で作れ」 と怒鳴りつけたという話が話題になりましたね。コウ そういう発言をする人がいることに、食卓問題の根深さを痛感します。 そもそも人としてあまりに失礼だし、スーパーのお惣菜も立派な食事です!料理をしない人の役割がとても大事酒井 「夫には定年があるのに、主婦の仕事は一生続く」といった声も、多く耳にします。コウ 『婦人公論』読者世代の夫は、 それこそ〝家事は男がやるものではない〟と思っている人が多いと聞きますし、定年したからといって、家事分担を提案するのはすごく難しいんですよね。まず、「話し合いができない」とみなさんおっしゃるので。酒井 そうですね・・・・・・。それに、 知識ゼロの人に手伝ってもらうには、「これをやって」と 具体的に伝えるところから始まって、やり方を教えて・・・・・・と、なかなか大変です。うちのパートナーは、 洗いものはしてくれるのですが、鍋を持ち上げたまま洗うんですよ。コウ ええっ!(笑)酒井 腕力に自信があるからだとは思うのですが・・・・・・(笑)。 「下に置いて安定させないと、汚れがとれないよ」と教えると、そのたびにムスッと不機嫌になってしまうんです。コウ 指摘すると夫が不機嫌になるという話はよく聞きますね。 洗いものを頼むと、やってくれるけどガシャガシャン派手に音をたてて不機嫌をアピールする。 「それが嫌だから、多少しんどくても自分でやってしまう」という女性は多い。酒井 新入社員を指導するような気持ちで、優しく、粘り強く伝えなくてはなりませんね。コウ 家事分担がうまく回っている海外の家庭をみると、テーブルセッティングや洗いものをするなど〝料理をしない人〟の役割があるんですよ。 使い終わった調理器具を洗ってくれたら、それだけでも作る側はすごく助かりますよね。 ごはんを作る、洗濯をするなどメインの作業は無理だとしても、そうした協力体制を日本の男性もうまく身につけられないものかと思っているんですけれど。酒井 なるほど。子どもの頃から参加意識を持つことが大切そうです。コウ 僕は、男性だけの料理教室や会社役員だけの料理教室もやっていたのですが、みなさん「料理って大変だね!」と言います。 自ら経験してはじめて家事・料理の大変さを理解できるのですね。 「俺が洗いものをやったら、妻は楽になるかな?喜んでくれるかな?」とおっしゃる方もいました。 普段家事をしない夫が、謙虚に妻から学ぶ姿勢を持つことで、お互いの関係性や、家庭の空気も穏やかに素敵になるはず。だから、仕事以外で家族や妻のために何かできる喜び、貢献できる幸せがあるということをもっと知ってほしいなと思います。酒井 その年になってからの成長は、きっと新鮮ですよね。コウ パリで出会った女性が、「家で料理ばっかり作っていたら、私のサンシャインが輝かないじゃな い。私が輝いてこそ、家族が輝くのよ」と言っていたんです。まず自分自身が幸せになることが最優先、という考え方にガツンとやられました。女性だけが「やらねば」 というプレッシャーを感じ続けるのはやっぱり問題ですから、解決策をこれからも探っていきたいと 思っています。酒井 「自分がしなくては」という思い込みを女性が手放したら、 自分だけでなく家族のサンシャインも輝き出しそうです。コウさん流ナムルワンポイントアドバイス![作り方]▫▫▫▫▫野菜を調理する▫▫▫▫▫▪生のままトマト、きゅうり、アボカド、セロリなど▪茹でるブロッコリー、青菜、もやし、アスパラガス、キャベツなど▪炒めるにんじん、しいたけ、れんこん、かぼちゃなど▪焼くナス、ピーマン、パプリカなど▫▫▫▫▫味付け▫▫▫▫▫調理した野菜に、ごま油、酢、しょうゆ、 ごま、塩で、味見しながら味付けを。 ごま油は油としてではなく、 調味料として使用。 色のきれいな野菜は塩味、色の濃い野菜はしょうゆ味がおすすめです婦人公論 No.1587 2022 September