こんにちは。
借金返済中のアラフォー独身男です。
毎月7~8万円の返済をしています。
受験シーズン到来で、私が勤務する学習塾も忙しくなってきました。風邪やインフルエンザも流行って欠席する生徒も多く、予定調整のための細かい作業も増えて大変です。
さて、高校や大学を選ぶときは、「やりたいこと」「将来何になりたいか」など基準に選ぶことが一般的だとされています。
しかし、どれほど多くの生徒にやりたいことがあるでしょうか。今の大人たちが中高生だったころ、夢や目標を強く持っていた人がどれほどいたでしょうか。
「学校の先生になりたい」「看護師になりたい」などと具体的な職業をあげる人はいます。ただそんな人たちの中には「分かりやすい(目に付きやすい)選択肢から選んだ」人も多くいるように思います。
殆どの職業は他人から見たら何をしているのか分かりにくい仕事です。将来何になりたいかなんて、決められない方が自然だと思います。
「夢や目標がなければいけない」と信じ込んでいる人もいます。私は「夢や目標があること」は素晴らしいと思いますが、その反対がダメとは思いません。
夢や目標の必要性を無意識的に刷り込まれている保護者の中には「この子はやりたいことがないから受験勉強が出来ない」と言う方が少なからずいます。
「わからないまま何年も放置した為、今さら手を付けるのが難しい」、「家庭内の習慣や親子で共通の価値観など、文化資本に乏しい」、「怠けグセがついてしまって抜け出す事が難しい」など本当の理由ではなく、「優しい嘘」を無意識的に選んでしまっている方が多いです。
この人たちは「夢がまだ見つかっていないだけ」という大義名分のもと、現状を変えることを放棄してしまっています。
勿論、やりたいことが見つかって生まれ変わったように行動に移せる人もいます。ただ、少数派だと思います。
視座を上げたり、視野を広げたりしないと、やりたいことは見つからないと思います。その為には語彙力や文脈把握力、推論する力などが必要なのですが、勉強から逃れている人でこれらの能力が高い人は少ないのでは?
やりたいことはなくても、日々の小さな成功や成長の喜びをモチベーションに勉強ができる人は強いなと思います(あとは知的好奇心が強い人)。
難関大に進学した生徒には結構このパターンが多いです。誰もが明確な「夢」を持っているわけではありません。しかし、結果的には将来の期待値が上がっていて、やりがいや楽しさのある仕事や、多くの人に影響を与えられる仕事につける可能性が高まっています。
そもそも努力する習慣があることや、論理的に情報を理解し、処理する力がある事が素晴らしいです。余程の単純作業でない限りは、これらの能力がないと何も成功しないように思います。
偉そうに自説を垂れる私は、子供の頃はどんな夢・目標をもっていたのでしょうか。少なくとも、今の借金だらけの大人ではないことは確かです。