現在、大阪市内に働きに行ってるわけですが・・・

 

暑い季節になりますと、古い大阪の景色をぼんやりと思い出します。

 

普通の家屋に店舗を増築してしまい、居住スペースが「四畳半」に

なってしまったお好み焼き屋や、地域性もありますが、町には小さな

神社があり、決して広くはないスペースに小ぶりな「だんじり」が

 

収められていました。

 

兵庫にもお祭りはあるのですが、お囃子は控えめで

 

大阪の大音響のヘヴィーなビートを表現したような、お囃子を懐かしむ

 

わけです。

 

「だんじり」は進行経路を秘密にしていたので、時折、隣町の「だんじり」

と対峙していました。サラシを巻いた大人たちが子供を避難させると

 

「だんじり」が激しくぶつかり合いをしていました。

 

先に破損した方が負けで、道を譲ります。

 

「だんじり」は、ほぼ修復されずに破損箇所を包帯や眼帯が覆っていました。

 

 

私は、そういうやや野蛮な文化が好きでした。

 

スニーカーをウエスタンブーツに履き替えて、18歳未満は立ち入れないはずの

成人映画(エロもの)を上映しているミニシアターに通いました。当時

 

「カルトムービー」などと呼ばれる、前衛的であったり不条理を表現する作品

を鑑賞していました。

 

そして、20歳未満は酒類を提供することから敬遠される、歌声喫茶を改造した

ロックバーや、防音だけを考えたようなオシャレではないライブハウスに

通い詰めました。

 

 

年老いつつある時に病に倒れ、兵庫に移り住みました。大阪までわずか30分

という距離がとてつもなく遠くに感じました。おそらく、楽しかった記憶さえ

受け入れられないくらい、心が疲れていたのだと思います。

 

幸い、私の場合は時間が薬だったみたいで、目に見えない速度で健康になって

行きました。

 

ぽつぽつと、かつて音楽や映画を語り合った友達といいますか、仲間のような

存在が増えてきて

 

気がつきました。

 

「若いから楽しかったのではなかった」

 

のだと。

 

剥き出しの文化に、それこそ体当たりで学んでいた当時の生き方を・・

 

幸せというものは、宝くじの「当たり」がいきなり降ってくるような

ものではなく、打ち上げ花火が知らせてくれるような派手なものでもなく。

 

日々の小さな「気付き」の積み重ねから生まれるようなものではないだろうか?

 

 

人生の答え合わせはできませんが、生きるってある意味

 

「夢」

 

を見るような感覚が大切なのかも知れない。

 

って、思うようになりました。

 

 

 

最近、仲間内に拡散しつつある画像です。

 

大阪って、面白いです。笑