表裏一体
人の進化は、利便性をもたらす。
利便性とは、良質なモノのみを普及させようとする。
人が増えればゴミが増え、ゴミが増えれば埋め立て、土地が減れば海をも埋める。
電気もたくさん作れた方が良い。
火で発電、水で発電、風で発電、原子力で発電。
便利の対には常に、反対運動がある。(誰も自分から危険物を遠ざけたいから当たり前だ)
過去のデータに基づいて、危険ではない事を示し、もちろん強固な安全性を保つべく、
その作り自体に持ちうる技術を密集させる。
実際、原子力はすごい。核反応の熱で作られた水蒸気で発電させるから、発電力も本当に安定している。
30年程前、アメリカのスリーマイル島で原発事故発生。これを機にアメリカは原発の開発、発展から
手を引いた。そして昨今、再び原子力に注目していた矢先の出来事。
利便性と危険性は、表裏の関係にある。
安全性と幸福は、イコールの関係。
計画停電のニュースを話題に、「よかった!これで少し東北に電気がいくのかな」なんて声は中々聞かない。
少なくとも俺の周りでは。(言わないだけで、思ってる人もたくさんいると思うが)
『ヒトを想う』とはどこからがそうなのか難しい。
だが決して、みんながみんな自分の生活に甘んじている訳ではないと思う。
取り囲まれた事象にぶつかり、解きほぐしながら人生を経験していっているのだと思う。
俺らの年代は生まれた時から、便利な世の中だったんだから。
逆にいっそのこと、向こう1年間は毎週日曜の夜は計画停電実施、とか。
で、浮いた経費で予測地震計の感度を研究する、みたいな。
でもそうしたら日曜日のテレビの枠のスポンサーが怒って、商業が偏って。国が補助して…。
安全な国づくりと、先進国のランク上げは別の話。
未曾有の事態で予測不可な災害。予断を許されない人がまだたくさん。
厳密に言えば、ブログを書くにも楽器を弾くにも電気がいる。
便利さに溺れる自覚も無い程、当たり前に便利な毎日。
とりあえず、ベッドの目の前の台の上にそびえ立つタンスを、床に降ろそうと思う。
なぜまだ降ろしていなかったのかは、置く場所を考えていたからだ。
JSKE