表紙に惹かれて購入。

 

 学ぶことが好きって、走るのが好き、食べるのが好きと同じで、気質としかいいようがないのかもしれない。

 チカは幼いころから何かを知ることが楽しくて仕方がない。

 お父さんや学校の先生方がチカを見守る姿勢にほっこりする。

 

 平和が続き商業が発展したおかげで、必要な加減乗除(利子の計算方法もあるから割合の概念も入る)の問題集(「塵劫記」)が江戸時代から存在していたことに驚く。

 凄いなあ、日本。

 

 当時の学校制度が分からないのだが、まず佐賀師範学校に入学。

 その後、小学校の教員をして東京女子高等師範(現・お茶の水大学)に入学(お姉ちゃんも日本女子大学に入学)

 卒後、福井師範で教員(今なら地方国立大の教員に相当?)をし、恩師平田先生から官費研究生として推薦されて女子高等師範に戻る(今でいう大学院?)

 優秀な彼女はそのまま助教授として残り、長井長義の助手となる。

 

 本書では触れられていないが、長井教授、調べてみるととんでもない人。

 エフェドリンの抽出と、エフェドリンからメタンフェタミンの分離を成し遂げた。

 なるほど、エフェドリンに依存性がある理由がわかりました。意外なところで勉強に。

 それから長井先生が留学時のドイツ駐在大使は青木周蔵。森鴎外の「大発見」に出てくる人。

 先日、妻の仕事に付き添って那須に行ったら青木の別荘をたまたま見つけて、一緒に見学したところだった。

 シンクロニシティ、恐るべし。

 

 この長井先生に勧められ、彼女は日本初の女子帝国大学生となる。

 ちなみに本書では触れられないが、13年後にこの方が入学。

 ふみさんはドイツだったが、チカさんはイギリスに留学する。

 

 当時(てか、今もそうかも)、官学で学ぶということは国費で勉強・研究しているのだから”学問に身を捧げる”のは当然だった。

 ということは女性の場合、”結婚して家庭に入ります。研究から離れます”は許される雰囲気ではなかった(らしい p158)

 何かの第一世代を引き受けるということはこういうことなのだろう。 

 

 平田、長井、眞島各先生とのやり取りは(p67、98、176)、読んでいてこちらまで身が引き締まる思いに。

 かつては、勉強すること、研究できることはとても贅沢なことだった。

 だから必死さがまったく違う。

 日本がまだ小国で貧しかったころの学者さんの話はとてつもなく面白い。

 というか、昨今の教育費、研究費をけちる我が国の惨状はどういうことか。

      

 

40歳のころのチカ。オックスフォードから帰国したばかり。

 

彼女が晩年に抽出したケルセチン。製薬につながったという意味では産学連携のはしりでもある。

公益社団法人日本化学会 | 化学を知る・楽しむ | 第4回化学遺産認定より

 

 

 ちょっと残念なのが校正不足?なのか繰り返しの文章が散見されたこと(たとえば木村先生の年齢が4頁後にまた出てくる。ほかにも性格描写などに繰り返しがある)

 最初、連載ものだったのかなと思ったが(だとしても削除すると思う)、巻末に「書下ろし」となっている。

 作者の方というより編集者の方に責任があるのではと思うのだけど。

 

 

伊多波碧:物が全てを教えてくれる 日本初の女性化学者・黒田チカ 徳間書店、東京、2026