ウェルベックのラヴクラフトの評伝!
これを買わずしてどうすると、即購入。
彼の「何もなかった」生涯をまとめるという神業な仕事。
興味深いのは10代でHPLは「神経衰弱」になっていること。
それも結構シビアそうで、回復まで10年もかかっている(p40-44)。
世の中には病跡学などというものがあるが、この出来事と後のHPLを結び付けるのは短絡的だと思う(スティーヴン・キングも序文でそう書いている。賛成。p18)。
あの傑作群(「クトゥルフの呼び声」「狂気の山脈」など)は比較的晩年に一気に書かれており、それまではエッセイを書いたり校正をしていた(p65)。
彼の生涯を知らなかったので驚いたのは、「プロテスタント的」「ヴィクトリア朝的」上品さと潔癖さを持ち、金儲けや性を嫌悪して世渡りが恐ろしいほどに下手だった彼(p43、79-85、97-98、123-126)が結婚していたこと(128-140)。
そしてそれはそうだろうなあという結末を迎える。
ところで、そういう人だから、当然、HPLはフロイトのことを「いんちき」扱いしていたらしい(p85)。
作品の分析も面白い。
HPLの特徴は、マシスンなどと違って(その点でキングとも違うと思う)日常世界にいきなり異物が入るという導入がなく一気に異世界に飛ぶことで、しかも人物はほとんど性格がない(p71-72、77)。
なるほど。
それから彼の作品は「建築が特徴」とウェルベックはいう(p91-95)。
言われてみれば、巨大な建築物がよく出てくる。
さらに本人は音楽を毛嫌いしていたようだが、音が重要(p100)。
そして、物語にリアルさと奇妙さを加味する解剖学的正確さや(正しいのかわからない)人類学や数学、物理学の知識(p103-109)、後にさかんに真似される疑似フィクション的な正確さ(日時を正確に記載するp111)。
そうそう!!これがHPL!!
ただ、本書で大きなポイントになるHPLの創造性が何と関連性があったかという点、それが「そっちにいくかぁ」。
本書で唯一、うーん・・・なところ(だけどとても重要な点でもある)。
結婚した時に過ごしたニュー・ヨークでの経験ーー幸福でもあり不幸でもあったーーが作品に影響しているという主張(第三部人種的嫌悪、p32、53)。
病跡学より短絡的では・・・・・
たぶんもう一回読み直す機会があっても、後半だけは読まないと思う。
HPLに対する失望でなく、作品のもつ底知れなさが台無しになりそう。
とはいえ、ファンは読む価値のある一冊。
星埜守之訳:H・P・ラヴクラフト 世界と人生に抗って 河出文庫、東京、2025
Houellebecq, M: H.P.Lovecraft: Contre le monde, conre la vie. Rocher, Monaco, 2015.