夢野久作の時代物だけを集めたアンソロジー。
全集を買わないと読めないものばかりらしく、そういう意味ではお買い得。
一番気に入ったのは「狂歌師 赤猪口兵衛(あか ちょこべえ)」。
切れ者で男前な目明しの良助がワトソン役(本家よりガイ・リッチー版ホームズのワトソン)で「非人(原文ママ あの非人ではなく乞食という意味で久作はこの言葉を使ったらしい 解説p286)」猪口兵衛が探偵役。
猪口兵衛の”捜査方法”も、解決の時に下手な狂歌で事件の概要を伝えるのも小気味いい。
設定も面白い。
黒田藩御用金預かりの蔵元の娘が惨殺される。
そこに九州各藩に金を貸し付ける天領奉行が絡む。
なので、目明し風情では簡単に内情が分からず、かといって目付が動いて公方に妙な伝わり方をすると藩お取り潰しになりねない。
この状況でどうする!
猪口兵衛ものはシリーズ化されたかもしれないという(解説p288)。
しかし、本作は当時掲載拒否され(事件の凄惨さと「非人」がやはり引っ掛かったらしい)、久作も本作執筆後に没したので未発表作品だった(原稿が欠落している部分がある)。
時代設定は家斉公の時代(大河ドラマ「べらぼう」で今はまだ赤ちゃん)。
調べてみると、当時の黒田藩主は第四代宣政。しかし病弱な彼は江戸にいて叔父が藩を仕切っていたらしい(by Wiki)。
黒田宣政
田沼時代をまだ引きずっていたであろう上に当主不在。
御城下は乱れている筈で、なるほど爛れた事件が多発しそう(という狙い?なら、久作凄い!)。
残念。
遺作「名娼満月」。これも名作。
途中まで歌舞伎の「籠釣瓶」的展開。
で、凄惨な方向に・・・と思うと、え、そっち?
ラストはなんだか泣けてしまう。
久作で泣けるのか・・・
ちなみに本作は家重公の時代という設定。
「べらぼう」の直前で、遠く江戸では田沼意次が頭角を現している。
「名君忠之」も名作。
黒田忠之は実在の人物で、Wikiによれば黒田家三代目でわがままな性格だったらしい。
作中の忠之も異常な癇癪持ち。
忠之(確かにやばそう)
侍たちに武人としての気風が残っていることが台詞でわかるのだが、調べると忠之は大阪冬の陣に参加していたという。
薩摩への競争意識が物語の発端でピンとこなかったのだが、なるほど、そういう時代背景なら(表向き)東軍の黒田家は薩摩憎しだろうし、九州制覇の野望が残っていてもおかしくない。
それにしても武士道のことをなんとも思っていないであろう久作らしい、内容と題名の乖離。
ローティーンの与一くんがひたすら不憫。まさに武士道残酷物語。
「斬られたさに」
筋が破綻しているのでよく分からないけど、”若侍”が斬られるエロティックな描写とラストの捻じれた愛が久作テイスト。
本作も武士道なんてバカじゃないのという久作の声が聞こえてきそう。時代設定の文久三年三月は、調べると壬生組結成直後!
「白くれない」
え?渡辺淳一の短編?やだなー(←私だけの感想)なタイトルより、作中作の「片面鬼三郎(かたつらおにさぶろう)」を題名にすればいいのにと思った作品。
本作だけ主人公が肥前出身。
慶長十三年から寛永六年の時代設定で、調べると大阪冬の陣あたりから家光征夷大将軍任命まで。
当時の肥前は混乱していたらしく、地理的にだけでなく政治的にも長崎に出入りしやすかったのかもしれない。
片面の哀しい境遇で始まり、長崎で堕ちるだけ堕ち、忌まわしい生業で生きていく中盤。
そして最後は、二段構えの汚らわしい出来事。救いなしのザ・久作。
いろいろ忙しかったこの週末。
ますますどよーん。
でも博多弁フェチの私には、こん本お陰でよか週末になったばい。
新保博久編「夢野久作 妖刀地獄」 河出文庫、東京、2025