ボウルビィは、今でいう認知心理学、動物行動学や大脳生理学的研究などを取り入れて精神分析概念を再検討しておりとても斬新。

 てか、精神分析家だったのかと驚いた。

 だが、なかなか理解されなかったらしい。

 

 

 有名なアタッチメントについては以下。1-3が段階的に起きる。

1)抗議protest:子どもが死に物狂いで親を取り戻そうとする。
2)絶望despair
3)デタッチメントdetachment:親に対して無関心になったり、親を忘れたかのように振舞う。(p88-89)

 3)は、アナ・フロイトやドイッチェらも同じような報告をしていたらしい(p92-93)

 

 ボウルビィは他の分析家達のように抑圧でなく、離隔segregatedという新しい防衛概念で説明した。

 離隔:愛情対象を取り戻そうとする心的システムと、対象喪失を認めて行動を再編成するシステムの間に障壁ができて相互交流しない状態。抑圧と違い、どちらも幾分意識的現実的で様々な臨床象が生じる(p54)。

 

 防衛は、フロイトを始めとして心的苦痛によって生じ、その回避が目的とされた。

 つまり防衛は原因と機能(目的)が同じ回避である(p43、46)

 これにボウルビィは異を唱えた。

 

 動物行動学の知見などから、ヒトにとって有利な側面が防衛にあるのではないか。 

 たとえば感染による発熱は、免疫を活性化して細菌の繁殖を阻害するヒトにとって有利なメカニズムである。この場合、発熱の原因は菌の侵入だが、機能(目的)は免疫活性化で、原因と機能は異なる。 

ボウルビィの考える防衛
 防衛の原因は興奮の大きさだが、機能(目的)は選択排除による自我システムの現状維持
 だからヒトは切迫した状況でも、過剰な情報や行動レパートリーを単純化し、適応的に行動できる(p46-48、75)

 アタッチメント理論に落とし込むと、親と分離した子どもは適応のために心的システムを再組織化しようとするが、生体は劇的変化を好まない保守原則があり(p78)、分離に関する情報を離隔して(排除し)、親がいるような現状維持体制をとる(p79)

 *対象喪失による苦痛回避は機能(目的)でなく単なる副産物(p79)。

 *不安(苦痛)は即生じるが、防衛は時間をかけて出現する。

 *フロイトのいうように防衛は感情放出でなく、複数の動機付けシステムの離隔である(p72)。

 

 

 抑圧と否認・否定は以下のように整理する。

抑圧:感情に関連し、意識が主で無意識が従で、行動として現れる(p96)
否認・否定negatism:観念に関連し、抑圧の知的代理で認知的な働き。言表で現れる(p53、96)「それは母親ではない」「母親と一緒にいたくない」。否認と否定が同じかよく分からない。 

 また、フロイトが、過剰な欲動の強さで自我が傷つくことを回避する一次抑圧を提唱した(p29)のを受け、ボウルビィは通常の意味の抑圧を「二次抑圧」とした。

 その一次抑圧がトラウマ(p33)、つまり(母)親との分離と主張した(p24)

 フロイトの「概説」の一文が根拠(p34)。

 

 ところでボウルビィによると、クラインのsplittingは一次抑圧に相当する(p37)。

 絶滅不安(=死の欲動)とsplitting仮説(p39)だと、子どもの心的不調は、子ども自身の内的問題が先行し、防衛としてのsplittingが機能しないことに依ると説明される。

 しかし、ボウルビィは早期母子関係が健康でも分離経験で心的不調が生じることを観察し、子どもの内的問題は付加的とした(p98-99)。

 

 

 

 親子分離に問題を還元するのもシンプルな気がするが、クラインのように複雑すぎる理論は、治療介入によくない影響があるのではというのがボウルビィの考えのようだ。

 確かに分離理論なら、子どもの内面を引っかき回す必要がない。

 

 

 防衛を適応的機能としつつ、逆に不調を生むこともあるという発想も面白い。

 うつは対象喪失の防衛で(病理ではない)、うつの回復で一時的に苦痛が増すという仮説も興味深い(第3章)

 

 他にダーウィンへの注目、精神分析で御馴染みの葛藤を社会的に検討する試みなど大変に面白い。

 

 

 ボウルビィにとって健康とは?

 様々な精神装置が自由に交流し相互に関係し統合に向かうこと(p41)

 

 

 色々な意味で<早すぎた人>のような気がする。
 

 

 

ロビー・ドゥシンスキーほか「アタッチメントとトラウマ臨床の原点 ジョン・ボウルビィ未発表重要論集」 筒井亮太訳 誠信書房、東京、2023 

Duschinsky R et al.:Trauma and Loss: Key Texts from the John Bowlby Archive. Routledge,  2020