私にとって大事な名前である「まあ」はこの人からとった。

 

 私が大好きな戦国武将、前田利家。

 理由は「日本一のNo2」だったことと「律儀さを大事にした男」だったから。

 

 秀吉に追われた高山右近を匿ったり、一向一揆の中心的寺院を匿ったりした。

 主君筋の行動でも理不尽だと思うと、正面からぶつかるような短絡的で浅慮なことをせず、いい意味で面従腹背で動いた。

 

 「天下獲る(=No1)」とかどうでもいいよ(と思っていたかどうかは分からないが)とばかりに、さっと、しかし慎重に動き続け、織田家臣団で生き残ったばかりか、幕末まで百万石の大大名で在り続けた。

 その礎を作ったのは、基本、「誰でもウェルカム」だった利家の態度。

 関ケ原から大阪夏の陣までの混乱期、京都から大量の文化人や学者、職人が加賀藩に避難してきた。

 これが、後の加賀藩に、華やかな文化をもたらす下地となった。

 お見事。

 

 

 本作はその利家の娘で、秀吉に養女として迎えられた豪と、秀吉の側室となった麻阿の物語。

 

 日本史は苦手なので何が虚構なのか、正直、私はよくわからない。

 本作では麻阿はXX家の生き残り(設定かもしれないので自粛)

 姉川の合戦の折、まだ赤ん坊だった麻阿を利家が不憫に思って匿った(ということになっている)

 利家ならやりそう。

 

 

 無知なので戦国ファンに怒られそうだが、賤ケ岳の戦いの時、麻阿は勝家の長男に嫁ぐ予定で、城内にいた。

 本作は、落城寸前の賤ケ岳城内から始まる。

 憎々し気に麻阿のことをにらみつける茶々。

 浅井を滅ぼし柴田勝家を守り切ろうとしない前田は、茶々にとっては「仇」(p29)。当然、前田の麻阿も。

 

 この二人が後に秀吉側室同士でバチバチになるのか・・・と思っていたら違った。

 

 タイトル通り、本当は利家の娘だが、秀吉を父と思っている「お姫様育ち」の豪と、同じく利家の娘だが前田の本当の娘ではない(?)という意味で豪と似ており、婚約者が殺され、その殺した相手の側室になったという点で茶々にも似ている「苦労人」麻阿の生き方の対比がテーマ。

 

 彼女等の視線で描かれるので、朝鮮出兵、秀吉没後の混乱、関ケ原も会話で読み手に伝わるだけで具体的に描写されない。

 それだけにリアル。

 何もできない歯がゆさ、そして不安。

 彼女たちの重要なミッションが、そのような時に家中をコントロールすることだった。

 

 これは大変な仕事だと思う。

 男が前線でアドレナリン全開にバカみたいに刀や槍を振りまわしている頃、女性は後方で、不正確な情報をもとに状況判断しなければならなかった。

 裏切者や逃げ出す者がいるかもしれない。

 動揺して他の者たちに悪影響を与えてしまう者も出てくる。

 家中を制御し、夫の帰りを待つか、お家存続のために逃げるか、あるいは全員で死ぬかの判断をしなければならなかった。

 かつて妻を「奥」とは言わず「刀自」と呼んだ。

 意味そのものは「家事を司る者」だが、「刀」という字が入っているところに心意気を感じるではないか。

 

 本作のクライマックスはやはり関ケ原。

 状況が刻々と変化していく中、宇喜多家に嫁いだ豪、細川家に嫁いだ末妹、麻阿はどう判断し動くか。

 合戦以上のサスペンスだった。

 

 無茶苦茶面白く、正味2日で読了。

 

 

 本作の麻阿はあまり幸せそうではない。

 私的には、「当時」(あくまで「あの時代の」という制約下で)の女性として大出世を果たしたこと(醍醐の花見の席次は、おね、茶々、京極殿、織田家娘、その次が「加賀殿」だった)、人と人を繋ぐ仲介の役回りをしたこと、晩年は権大納言に嫁いだこと、何より最後まで生き残ったこと、そして可愛らしい音だと思ったのだが・・・。

 

 色々申し訳ないかも。

 でも、苦労の末に待っている後半生は幸福だと思うよ。

 

 

 

諸田玲子:麻阿と豪 PHP研究所、東京、2022