大昔、岩波で読んだがよく分からず、数年前に再読してよく分からず、古典新訳文庫ならと購入。
やっぱりよく分からなかった。
ただ、冒頭で語り手のマーロウが、ブリテン島もローマ人にとっては暗黒の地だったと述べていたことに、今回、初めて気付いた(p14-19 光文社版はコンゴとテムズの地図を掲載していて類似性が一目瞭然)。
本書は、ポスト・コロニアリズムの立場から批判があるという(解説p197)。
しかし、当の欧州人が、かつて文明と非文明に分かれて収奪・被収奪関係にあったことを冒頭からコンラッドは触れていることは先に触れた。
また、現地の人々と主人公たちは呼応するものがある(p91)、現地の人々にもある種の自制心があると(p103)、コンラッドはマーロウに言わせている。
簡単に「差別意識に満ちた作品」で済ませられない作品だと思う。
確かに”文明国”が、当時”非文明国”とされた場で暴力的だったことを描いた物語として読める。
現地の人々に文明をひろげようとした男の名前はクルツKurtz。
ドイツ語で短いという意味とわざわざ書かれているのでドイツ語名(p147)。
邦訳もたいていクルツになっている。英語読みならカーツだが。
彼の父はフランス人で母はイギリス人という設定(名前はドイツ語?p123)。
まさにヨーロッパの象徴。
クルツが描いた目隠しをして松明をかかげる女の絵(p64)。
明かり(lumiere・Aufklaerung=光=啓蒙)に欠けるのは周りが暗いからではなく、自身の目がまだ覆われているから。
ただ、クルツKurtzという名前にひっかかる。
以下、完全に妄想的な読み。
Kurtz、マタイ受難曲を聴いている私はどうしてもKreuz(十字)を想起する。
Googleで発音を聞くとKurtzはクァーツ、Kreuzはクロイツなので全然違う。
本作は様々な隠喩が張り巡らされ、余白の多い物語のように思える。
マーロウが会社に来ると、部屋の前になぜか2人の女性が編み物をしている(p26)。
編む女で思い出すのは、運命の女神。
しかし彼女らは3人で、糸を紡ぎ、編み、糸を切る。
では、もう一人は?
マーロウはクルツのことを、なぜか繰り返し”声”と考える(p116-119、149、168)。
途中で拾った奇妙なロシア人の若者(p129)も、クルツから愛について話を”聞いた”という(p132、137)。
さらにクルツは罪を定め罰を持ち込んだ(p139)。
クルツは書簡や報告書を残した(p123-125)。
愛他精神を掲げつつ、非人間的なものへの攻撃を隠さない内容の。
神は姿を現さない。
神は啓示として声や文を伝える。
時に戒律、時に罰を。
本国に戻されるために船に乗せられたはずのクルツの姿が見えなくなる。
あたかも墓がからっぽになったように(p158-159)。
クルツと会ったマーロウは、帰国してもなぜか本国になじめない(p175)。
クルツの婚約者に彼の書を渡し、最期の言葉を事実と異なるように伝える(p191)。
クルツは消えた。
しかし、書は残り、事実と微妙に異なる言動が語り伝えられる存在になった(p188「彼の言葉は残りますよ」)。
科学的に(p177)、芸術的に(p178)、政治的に(p179)ではなく。
マーロウが本書の冒頭から私たちに語り続けているように。
ある宗教の教義や宗教的行為(たとえば十字軍とか・・?)を違った視点で描くと、こう見えるとコンラッドは提示しているのではないかと、極東に住む私は妄想する。
それにしてもクルツの最後の言葉はやっぱり謎だ。
The Horror! The Horror! (p171)
読み終わったといっていいのか、今だにわからない小説。
コンラッド「闇の奥」 黒原敏行訳 光文社古典新訳文庫、2009
Conrad, J: Heart of Darkness, 1899