夏休みで、某地を徘徊中に本屋で発見。

 岩波から出ている別の短編集にも掲載されている作品もあるが、表題作は知らなかったので衝動買い。

 

 舞台は相変わらずのル・アーブル近くの「田舎町フェカン」。

 架空の町かと思ったら、現在は観光地らしい。

 某観光HPより

ノルマンディー地方ど真ん中。ル・アーブル北西。目の前はブリテン島。

 

 Wikiによればもともとニシンで栄えた漁港だったらしい。

 そこで Madame Tellierが開いたのがMaison Tellier、この町唯一の娼館。

 テリエ夫人はルール地方出身。ドイツ系が混じっているかもしれない。

 娼館経営者だが、身持ちのいいしっかりした女性として描かれている。

 辞書で調べるとTellierは出納係という意味もあるらしい。

 

 ネットで見つけた原文だと、Madameと斜体で強調されているので綽名的な扱い。

 娼婦たちも「美しいブロンド」「美しいユダヤ人」などの綽名がついている。

 

 が、翻訳がやや古い。

 たとえば「あばずれ」ローザ。

 原文だとRosa la Rosse。直訳は「悪女ローザ」(?)だが、この音のつながりが翻訳できたらいいのにと思う。

 ほかに「莫連女」ルイズとか「ギーコンバッタン」フロラなど。

 「バクレン」、調べないと私には意味が分からない言葉だった。

 莫連の原文はCocotte。尻軽、キュート程度の意味。「ルーズなローザ」なんかどうだろう?

 ギーコンバッタンはBalancoireでブランコの意味。「ブランコ」のままでいいのでは・・・・

 

 この娼館がある日、突然休業する。

 「初聖体のために休業」と張り紙をして(p18)

 

 町中の男たちがパニックになるのがおかしい。

 

 テリエの弟が住んでいるヴィルヴィユまで、6人が珍道中を繰り広げるのが第二部。

 

上にフェルカンがある。下の点線で囲われた地域がVirville

 

 その後、ヴィルヴィユに到着すると町唯一の古い教会で、テリエ夫人の姪の初聖体式が厳粛に行われる。

 

 WikiでVirvilleを調べるとこの教会がでてくる。ここが舞台かもしれない。

 

 若干TPOのずれた服装の華やかな女性たちが、ひっそりとした田舎町の初聖体式を特別なものにする。

 気のいい彼女たちが感極まって泣いてしまうと感情が伝播して、司祭さんまで熱狂的になってしまう。

 「限りない法悦」(extases de bonheure 直訳は「幸福の恍惚」 わざとextaseという語を使ったのではと思うのだが、下衆の勘繰りかもしれない)に浸りながら(p39)

 

 式が終わって陽気に歌いながらフェカンに着くと、待ってましたと町中の男たちが集まり、テリエ館でどんちゃん騒ぎになる。

 

 俗から聖、そして再び俗へ。

 

 女性たちの逞しさを感じさせながら、泣き笑いがあるこの作品、モーパッサンにしては珍しく、心底楽しい中編。

 

 解説によると、ラストで台無しになったと評した同時代人がいたそうだが(p94)、この終わり方でいいのだと思う。

 説教臭さは一切ない。

 しかし、どことなく物悲しい。

 

 

 同時収載の「クロシェット」(1883年)も、悲しみを抱えながら逞しく生きた女性が描かれ、モーパッサン作品で私がいつも感じる”いたたまれなさ”に満ちた、隠れた名作だと思う。

 

 「クロシェット」や「ジュール叔父」のように、表題になっている彼らより、彼らを”なぜか”覚えている語り手こそ、ある種の気高さを持っているように感じる。

 なので、読みながら語り手と重なることで、いたたまれなさを抱くと同時に、自分の中で何か大切なものが植え付けられたような気持ちになる。

 

 モーパッサンを読むのは、不気味な気持ちにさせられることが多いのだけれど、時にとても気持ちがいい。
 

 

 

モーパッサン「メゾン テリエ」 河盛好藏訳 岩波文庫、東京、2020

Maupassant G: La Maison Tellier 1881 ほか