野上弥生子つながりで読み始めた。

 宮本は野上よりお嬢さんでインテリだが、難解な語や言い回しを一切使わず、柔らかい印象の文体でとても読みやすい。

 どうやったらこのような文章を書けるのだろうか。

 

 

 敗戦直後の様子を、庶民の目線で描く。

 

 リアリティを感じるのが、市井の人々からすれば、戦中も敗戦も戦後もないということ。

 私達は後付けされた歴史で考えてしまうので、8月15日を一つの節目とみてしまうが、実際には、連続した時間が淡々と流れていたに過ぎない。

 

 8月14日の夜中や15日の朝も、普段通りB29や小型戦闘機が飛来する(p6-7)

 

 玉音放送に続いて武装解除の告諭があり、各大臣から日本人がとるべき態度の説明が流れ、皆、ラジオをつけっ放しにして、いつものように生活していた(p15-16)

 

 食事の争奪も、日本らしいことに、暴動にならない程度に起きる(p21)

 潤沢に物資がある軍人がいなくなった軍事施設から、人々はそっと食べ物をとっていく。

 

 主人公の夫は治安維持法で逮捕されている。

 政治機構が混乱しているため、夫がいつ釈放されるのか、そもそも釈放されるのかさえ、まったくわからない(p12、114-115)


 

 引き揚げてきて不正乗車をした軍人と、それを咎めた車掌の言い争い。

「(略)鉄道省の規則がそうだから、その規則通りにしなければならないんです!」(略)

「いいじゃねえか。どうせこんな滅茶苦茶な世の中になっちまって、今更二等も、へったくれもあるもんか」

「こんな世の中になったから、なお更キチンとしなけりゃならないんです!(略)」

 車掌は青年士官を睨まえた。士官の方も(略)睨み上げている。(略)

「あなたのような軍人だから、日本は潰れたんだ!」

 ひろ子は、どちらの顔も見ていられなかった。(p31-32)

 

 元・軍人たちの様子も気になる。

 肩章や襟章がない。略章、つまり勲章だけついている(p32)

 もがれたのか、もいだのか。おそらく後者だと思う。

 当時の男はたいてい国防服を着ていたはずだから、軍人であることを分かりにくくしようとしていたのかもしれない。特に階級。

 しかし、なけなしの誇りとして、勲章だけは残したかったのではなかろうか。

 

 戦争に負けて本国に帰ってくる軍人は、家族以外の人々から、どのような言葉を投げつけられ、どのような態度をとられてきたのだろう。

 

 

 出てくる人物はほとんど女性か子ども。

 彼女たちの住む町は「後家町」といわれる(p128)

 愉快そうにしているのは、「朝鮮の言葉でしゃべる」一群くらいだ(p53-54)

 

 驚いたことに、銀座三越は営業している。

 ただし進駐軍向け。

 売られているもの、内装は、悲しいほど貧弱で、アメリカ人に小馬鹿にされる(p62-63)

 

 

 夫の実家では、軍用道が地形を無視して作られたために風景が破壊され、この道が自然な水路を断ってしまったことから、大雨で水害が起きてしまう。(p92-105)

 しかも、道の造作が中途半端でずさん(p102)

 

 この軍用道は、当時の日本軍がどのような組織で、非戦闘員にどんな影響を与えたのかを象徴している。

 

 

 

 主人公は夫を迎えるため、東に向かう。

 しかし、台風やおそらく空襲のために鉄道は寸断され、皆で助け合いながら、歩き、馬車に乗り、トラックに乗って、ひたすら進む。

 道路の崩壊で、突然トラックから降ろされた人々は、なぜこうなると先に教えないんだと不満を言う。

先のことを決してあるとおりにみんなに知らせない。おさきまっくらのまま、目前の一寸きざみで釣ってひっぱってゆく。この街道のトラック連絡がそうであるどころか、到るところの役所、軍隊、監獄、すべてが同じやりかたでやられている。日本人は、この日本流のやりかたで、各自の運命のどたんばまでひきずられて来たのである。(p159)

  

 現在でも当てはまる、日本人の行動様式に対する批判だと思う。

 

 他人事ではなく、もちろん私自身も含まれる。

 

 その場しのぎで物事をこなしていないか。

 長い目で物事を見ることができているか。

 

 

 

 続編の「風知草」では、戦後の開放感、そして主人公夫婦の愛情の交換が微笑ましい。二人は飽きることなく言葉を交わす。

 

 

 

 いわゆる左翼系文学なのだろうが、そういう色眼鏡は外して、純粋に楽しむべき作品だと思う。

 

 

 

宮本百合子「播州平野・風知草」 新日本出版社、東京、1994