休日出勤。
いろいろあって大変に気持ちを揺さぶられているので、落ち着かせるために隙間時間に、最近読んだ本のまとめ。
メスマーといえば動物磁気magnetisme animal(個人的には生命磁気と訳すべきだと思う)。
本書で彼の理路がある程度わかった。
メスマーは観察者を自認し、理論的体系化を優先しない主義だった(p60-62)。
とはいえ、自分の観察の蓄積から理論めいたものを作り上げた。
記述では観察からではなく理論から始まっているが、おそらく元々の発想は、
1)遠隔でも影響すること
2)周期性があること (意外にも潮の満ち引きの話がでる)
3)不安定さから安定、調和に戻ること (ここで磁石の針の話がでる)(p64-67)
4)力には極性がある (p110-111)
という経験則が先にあり、その説明概念として引力や磁気を持ち出したようだ。
メスマーの説明では引力と磁気が混交しているようだが、デカルトの影響があったのではないか(極性はゲーテかもしれない)。
デカルトは空間に液体粒子があり、これが恒星の周りを渦を巻いて動き、それがものを引き寄せる運動=引力の源と考えた(中本、カルテシアーナ11,1992)。
メスマーが記した動物磁気に関する命題の中に「宇宙に分布する連続した流体」という表現があり(p109)、本文に磁気的な「渦巻き」と書いている(p72)。
18世紀半ばはまだニュートンとデカルトの議論が拮抗していたはずだ。
メスマーはあくまで(彼のいう)実験(p74)と経験(p79-)に即して議論を進めている。
しかし、条件をきちんと揃えた実験でなければ結果が恣意的になり、自身の経験だけでは誤った結論に至ってしまうのは、当然といえば当然な歴史の教訓である。
個人的には、メスマーはなんとなく「催眠の始祖」だと思っていた。
ところが、興味深いことに、彼の記載では治療の契機はcriseなのである(p69)。
邦訳は「分利」になっており、知らない言葉なので調べたら「急激な解熱」だった。
普通は急性増悪の意味だが、辞書では発作や興奮になっていた。
メスマーの治療は患者を半ば眠らせるようなものではなかった。
逆に、一時的に発作的にさせるのであり(p69 本人もそう書いている)、いわゆる「催眠」ではないのである。
知らなかった。
さらに彼のいう磁気は、いわゆる磁石のことでは無いという。
このことをメスマーは何度も書いている(p71、73、75、80、86-87、113)。
どう違うのか、記載からはっきり読みとれないのだが、磁石はあくまで生命磁気の”一部”で、生命磁気は鉱石に限らず、あまねく存在し、影響すると考えていたらしい。
また、経験則から鏡や音で生命磁気の効果が増幅すると考え(p112 もちろん今でいう心因的影響なのだろうが)、彼の治療室は鏡が並べられ音楽が流れていたらしい。
その結果、怪しげでインチキ臭い雰囲気の治療部屋になったのだろうが、本人は至極真剣そのものだったようだ。
彼は自分の治療をあくまで物理的治療と考え(p134)、症例報告を読む限り、メスマーは熱心に治療に取り組んだことがわかる。
メスマーの目的は金(だけ)ではなかったようで、講演旅行で集まった50万フランを自分の懐には入れず、フランス全土の磁気診療所に寄付したという(p34)。
彼が望んだのは、あくまで自身の説を社会が受け入れることだった。
動物磁気も怪しいが、リビドーだって仮説にすぎない。
そもそも「心理的エネルギー」のような雑な言葉が、今でも使われることがある。
どんなに必死で治療をして「治した」としても認められないことがある。
治療者は時に悲しい存在だ。
広本勝也訳:「メスメリズム ―磁気的セラピー―」
フランツ・アントン・メスマー著(1779)
Memoire sur la decouverte magnetsime animal. Pierre-François Didot, Paris
ギルバート・フランカウ編(1948)
鳥影社、東京、2023