「蜜蜂・余生」に「鳥の物語」を執筆していることが記されていたように思う。
「堤婆達多」で、なんともいえない熱量のものを浴びせられた気持ちになったので、「銀の匙」系とされている本書を読むことにした。
物語によって文体を変えているので、「銀の匙」のような不思議な透明感はないが、勘助らしい清潔な物語。
いつもより時間をかけて読んだ。
勘助自身はこれを大人のための童話としているが(p375)、子供のために書いたものもあるらしい。
出てくるのは雁、鳩、鶴、ひばり、鶯、白鳥、いかる、鷹、鵜、鷲、雉子、かささぎの順。
ためしに画像を並べてみる。
(画像はすべてWikiから転載)
この並びに意味があるのかを考えるのも面白そう。
それぞれの鳥に、有名な逸話や歴史上の人物が絡んだ物語が並ぶ。
雁は「漢書」に出てくる蘓武の帰還。
鳩はヨハネ、サロメの有名な逸話、そして”ナザレの大工”の物語。
鶴は歌人としての山部赤人。
ひばりは能「雲雀山」の中将姫。
白鳥は趙と秦の争いでの藺相如の活躍。
いかるは聖徳太子の活躍。
鷹は「創世記」のヨセフの物語。
鵜は藤原不比等と架空の女性那古との悲恋。
鷲はブッダの弟子アーナンダの女難。
雉子は長柄の人柱。
かささぎは織姫彦星、大熊座の由来。
有名なものは別にして、多くの物語は勘助が一から作ったと思いこんでいたのだが、調べるとちゃんと元ネタがあった。
長柄の人柱の話はまったく知らなかった。
日本や中国には色々な民話や神話、歴史があるものだ。
ただ鶯だけは元ネタらしきものを探しだせなかった。
そして、私がもっともいいと思ったのは鶯の物語。
ついで鷹。
また那古の悲恋も美しく、アーナンダの逸話は、「犬」の生々しさを和らげたような話で面白かった。
特に鷹のヨセフの話は、恥ずかしながら、勘助が自身の境遇を重ねた話だと思っていた。
ところが調べると、創世記のヨセフのエピソード、ほぼそのままだった。
私に聖書の知識が無かっただけなのだが、父に愛され、兄に徹底的に苛め抜かれた勘助の生涯とあまりに重なるので、それはそれで興味深い。
鶯の物語は、親子の愛、男女の愛が繊細に描かれていて何回読んでも素晴らしい。
はっきりと書かれていないが、作中の鶯たちは不如帰に子供達を殺されている。
そのことにまったく気がつかないまま、代わりに巣の中に居座った不如帰の幼鳥を一生懸命に育て上げる鶯たちが愛おしくも悲しい。
鶯の鳴き声は「ほう、法華経」と確かに聞こえる。
知らずして、彼らは功徳を積んでいるのである。
中勘助「鳥の物語」 岩波文庫、東京、1983