今回の京都出張で初めて知った、木村敏先生の逸話で印象的だったことが2つ。

 ヤスパースは嫌いと公言なさっていたらしいこと。

 ある批判に対して「僕の思想は全体主義だからね」と呵々大笑されていたこと。

 佐藤優さんの本では、全体主義を複数を取り込む多元主義、その反対が一つの原理で説明する普遍主義で、新自由主義などを含むと説明されていた(p170-171)。

 そういう意味の全体主義だろうか?

 

 本書も帰宅途中に読んだ本。

 

 

<ヴォルテールの思想>

 

 創造主の存在証明(クエーカー教徒):体や観念が自分の意志や気持ちと無関係、裏腹に動くことがあるから。(p26)

 

 英国の政治の目的は征服ではなく、征服されないようにすること。自由が失われないようにすること。(p70)

 

 ウィリアム征服王以前から英国は議会をもっていた。しかし、それはバルチック海沿岸から侵入した他民族の身分会議のような慣習に由来していた。(p77)

 

 (宗教にとっては)魂は高潔であればよく、どういうものでできているかは重要でない。(p123 ロックの項。ほかにも”考えるよりも行動すべき”)

 

 ニュートンについて:引力で様々な事象を説明できることを指摘し、<この原因の原因、それは神の胸のなかにある>(p160-161)

 

 とにかく何かしゃべりたい、でも語りたいことが何もない、それでいて知性があるところを見せたい、この3つがそろうと、人を愚かにみせる。(p252)

 

 パスカルの「パンセ」批判

 

 対立の混合、矛盾が人間本来の姿。(p265)

 

 パスカルの神の存在証明:問題の重たさに比べ、解決の仕方が損得や賭けなど品がない。(p268-269)

 

 この世界も人間も動物も、摂理のもとに存在しているのだから、自分の存在を嫌悪する必要はない。(p272)

 

 なぜ自分中心でいけないのか。自己愛が他者の自己愛を尊重せよと告げる。法律が自己愛を取り締まる。宗教が自己愛を昇華する。私たちは自己愛を自然から、創造者から受け取った。(p280)

 

 もっとも大事なのは希望。(p292)

 

 じっと自分を見つめているだけの人間は愚かである。自分の感覚や観念にとらわれることになる。人間は活動するものとして生まれついた。(p294-295)

 

 パスカルは、純粋な無知と、知りえることを知った後の無知を同じとする:詭弁である。読み書きのできない無知と、自然の隠れた原理に無知であることは同じではない。(p307 螺旋性のこと

 

 ヴォルテールの道徳原則:「自分にしてほしくないことを他の人にするな」(p317 「寛容論」でも主張)

 

 

<参考>

 communionは交わりと訳されるが、カソリックでは聖体拝領と訳される(p27訳注6

 

 クエーカー教祖のフォックス:宗教的ヒステリー像の実例(第三信、p32)

 

 ロックは「人間知性論」でenthusiasmを狂信という意味で用いた(p129訳注16)

 

 「文字はひとを殺し、霊はひとを生かす」(聖書 コリントの信者への手紙2,3-6,p189訳注p6)

 

 身体から精神への無限の隔たりは、精神から愛への無限の隔たりよりもさらに無限大であることを象徴する(パスカルの言葉 第16節 p287)

 

 まっすぐな精神的(繊細な精神):少数の原理からまっすぐに帰結へと深く入り込む。

 幾何学的な精神:多数の原理を混同せずに理解する(パスカルの言葉 第45節 p319-320)

 

 

<読後印象>

 ひたすらイギリスを褒めあげる(p68で古代ローマに匹敵するとし、p72、p234で自国と比べる)ある意味、奇書。解説によれば、当時、議論になっていたジャンセニスト批判が背景にあるという。

 時々、口語のような表現がある(p126、290)が、原語ではどうなっているか調べてみたい。

 

 ヴォルテールの思想は、知性と信仰を大切にし、過剰な懐疑心や内省を戒め、バランスよく考え行動すること、人と交わることを勧めるという、ある意味常識的なもの。しかめつらしさ、辛気臭さがなく、明朗快活な印象。経験論者ロックや元祖科学者ニュートンと相性がいいのも肯ける。

 ニュートンの業績の一つに、天文学的計算から歴史的事実の正確な年代を推測するものがあったというのは知らなかった(p174-182)

 

 本書を読んで改めて気が付いたのが、英国が、マグナ・カルタ制定、清教徒革命、名誉革命と、約450年もかけて絶対王政から立憲君主制へと移行したこと。

 フランスは、本書出版の約50年後、急な運動激化の勢いのままに王制を廃絶し、さらにその後の約100年間は、共和制、王政、帝政を行ったり来たりして大混乱だった。

 私のこの辺りの知識はまるっきり”受験生世界史”のままだったので、十分に分かっていなかった。

 変な表現だが”保守的な”革命を行った英国と、急進的な革命を行ったフランスという歴史的経緯の違いが両国民性を表しているようで面白いと思った。

 

 マクロン大統領がイギリスに王制が残っていることを羨ましがったと新聞で読んだ気がする。

 時代状況で簡単に入れ替わる政権ではなく、時代の流れとある程度、距離をもって持続する精神的支柱があるのは、幸福なのかもしれない。

 もちろん自由が担保されていることが条件だけれど。

 

 英国の議会が、北欧?の慣習を引きついでいるかもしれないという説は、open dialogueのことを考えると興味深い。

 

 

 

 

斉藤悦則訳:「哲学書簡」 光文社古典新訳文庫、東京、2017

Voltaire:Letters Philosophiques, 1734 (Garnier 2010)