いつ読んだか覚えてない。夏目漱石の「坊ちゃん」と同じ。

 

 古本屋をぶらぶらしていたら、ハムレットって別稿があったんだ!

 ただのオタクなので知りませんでした。

 

 衝動買いして、まず本棚の奥底にあった普通版を読んだら、こういう話だっけ?

 

 覚えているのは「尼寺へ行け」くらいでした。

 無茶苦茶面白いじゃないですか!(当たり前。しかも今更)

 

 

 よくできているなあと思ったのが「父を殺された息子」が3人いること。

   ハムレット先王に父を殺されたフォーティンブラス王子。

   叔父に父を殺されたハムレット王子。

   ハムレットに父を殺されたレアティーズ。

 この対比が面白い。 

 

 改めてハムレットって陰惨な話だったんですね(これも今更)。

 数々の殺人。

 下図参照。 

 

汚い字で恥ずかしいので小さくします。

殺しは赤い矢印。自殺は円状になってます。

 

 再読での発見は、この物語に原罪があること。

 先王はノルウェイを攻めていて、物語冒頭は戦時下(だから第一場第一幕が夜警シーン p16-20)

  叔父クローディアスは、兄の起こした戦争に対し、和平をすすめる政策をとろうとしていた(p27-28)

 考えようによっては、先王の起こした政治的混乱によって、その弟が王位転覆をはかったのかもしれない(冒頭で夜警などうんざりという台詞があります)。

 

 

 それと印象的だったのが、登場人物たちの考えを追いかけられないこと。

 解説では、T・S・エリオットが「ハムレット」を失敗作と断じていたらしいです(p408)

 エリオットの批判の主旨は分かりませんが、確かに私もハムレット以外の人物が、何を考えて動いているのか、分かりにくいと感じました(自分の読解力の低さを棚にあげています)。

 

 クロ―ディアスは、唐突に王位簒奪か婚姻のことを「大変な罪をおかした」と反省するし、どういう目論見で兄を殺したのかよくわからない(p187-189)

  

 王妃ガートルードも、義弟との結婚をどう考えていたか分からない。

 ハムレットに”不貞”を責められて「私の心の奥の真っ黒いしみは洗い流せない」と嘆いたりする(p200)

 

 オフェーリアもハムレットを愛していたのかはっきりしない(p54-56)

 ポローニアスに、ハムレットにたぶらかされてはいけないと注意されて、素直に「はい、お父様」と返事をしています。

 

 

 また、「ハムレット」は父殺しの復讐譚と思っていたのですが、詳細な訳注に助けられてこの年齢になって読むと、父を殺した叔父より、自分の母親の性的放埓にハムレットは強い憎しみを抱いており、それが彼の行動の原動力になっているように読めること(p36-37、72、146、68、193-201、208-210・・・注5p329)

 

 全体的に性的暗示が多く、ハムレットは狂気を演じるようになってから、延々と卑猥なことを話している。

 有名な「尼寺へ行け」も、尼寺は売春宿の隠語だったそうで、「お前など売春婦になれ」とあてこすっていたのですね(p147訳注)

 この台詞の前、ハムレットはオフィーリアに貞淑か否か詰問して困惑させているので、文脈からも訳注の説明はしっくりきます。

 

 また劇中劇を見ているときのオフィーリアとハムレットの会話は完全にセクハラ。

開いて見せれば何だって教えてもらえるぞ

僕に突き破られて泣くなよ (p165-166、173)

 この台詞の後は寝取られ夫の話なので、文脈からも「そういう意味」だと思います。

 

 オフィーリアがおかしくなった時に口ずさんだ歌。 

男は飛び起き、着替えると、

さっと戸をあけ、

娘を入れる。出てきた娘は

娘じゃないよ、永遠に。

 (略)

ほんとにほんと、憎らしい、

えい、悔しい恥ずかしい。

若い男は隙さえみれば、やりたがる、

ほんの一物さまは罪作り。

 (略)

すると男がこういうの。

「その気だったとも、お天道さまに誓ってな、

お前のほうから寝床に忍び込んでいなければ。」

 

 

 

 考えたいと思ったのが、「父と息子」のテーマ。

 ハムレットがオレステス神話のヴァリエーションという指摘もあるそうですが(p388-390)、ちょっと違う気も。

 あと、相変わらずのエディプス・コンプレックス説(!)。

 クロ―ディアス殺害が遅れたのは義父を先に殺すと近親姦が実現してしまうので、先に母が死ぬ必要があったという仮説だそうですが(p394)、ノーコメントです。

 

 私が気になるのが、むしろ、父・息子関係だけが無傷なことです。

 (オフィーリアはポローニアスの策略に「使われた」ので間接的に父親に殺されたと思います)

緑で囲ったのが、無傷な父・息子関係  

 

 「ハムレット」は亡き息子にあてた作品という説は読んだことがありますし、そうならば父・息子を理想化して無傷なのはわかります。

 

 しかし、こんなに凄惨な物語を亡き息子を想って描くでしょうか。

 ロマン・ポランスキーが愛妻を殺された後に撮った「マクベス」は、確かに物凄く陰鬱だったので、そういうこともあるのかもしれません。

 

 

 なるほどと思ったのが、訳者の野島先生によると「ハムレット」には見かけと事実の対比が重要な要素だという御指摘です(p31、218、225、230、注10p334-336、注17p341-342)

 

 なんか、この辺りから、性/父母と息子の関係を考えられないかなあと思うのですが、宿題にします。

 

 

 で、別稿については、つづく。

 

 

 

シェイクスピア「ハムレット」    野島秀勝訳

岩波文庫

800円+税

ISBN 4-00-322049-8

 

Shakespear The Tragedy of Hamlet, Prince of Denmark