とんでもなく面白かった。
戦争が始まって9か月後(p105)の5月末(p14)、ドイツ軍が国境を越えた直後の時期が舞台。
たぶんダンケルク撤退が始まり(記載なし)、パリ陥落の2-3週前くらい。
フランス軍は敗戦濃厚な時期だが、まだ「負け」ていない。
それはどのような状況か。
軍隊内の命令は混乱(p21-22、120-121、222、300など)。
とにかく出撃するが、情報を得てもそう活用すればいいか分からない(p26)。
指揮系統が壊滅したため接敵で闇雲に攻撃開始(p161)。
避難中の住民の母親たちから「邪魔だ」「子どもを殺す気か」と、フランス兵の方が追い払われてしまう(p161-163)。
行政機構は機能不全(p108、156-158)。
避難民はどこを目指せばいいのかわからない(15章)。
逃げることが正しい選択か、誰もわからない(生活拠点を失うよりも留まった方がいいのかもしれない p145-146)。
オタクの私的に興味深かったのが、戦闘機の操縦についての描写。
当時はレーダーがないので目視で敵機を確認するしかない(p70-71)。
小さな点が見えたと思うと、あっという間に近づくので非常に恐ろしい。
高度があがると瞬く間に酸素濃度が下がり、気がついた時には低酸素状態でもうろうとしてしまう(p74)。
高高度では零下になり、呼気に混じる水蒸気が凍結してしまうらしく、酸素マスクのチューブを指でおして凝結した氷片を潰さなくてはならない(p88)。
直線航路でも、たまに操縦桿を動かさないと凍って固定してしまう(p96)。
高速で飛行しているので機体が歪み、脱出ハッチがあかないことがある(p183)。
脱出が必要な墜落時などは、おそらくハッチが開くまでには地面に叩きつけられている(p183)。
よしんば間に合っても、脱出時はほぼ全速力の飛行なので、尾翼に打ち付けられて死ぬ可能性がある(p35)。
対空砲が飛行高度と違う距離で破裂していても安心できない。
弾道がそれる曳光弾で機体を損傷する可能性があるから(p202)。
描写で感じるのは、少なくともサン=テグジュペリにとって飛行機は機械でなく、常にケアしないといけない有機体になっている(p55)。
しかし、この作品はただの戦争文学ではないと思う。
というのも、「保護され、守られた」幼年時代の想起(p11-14、62-63、125-128、19章、194、219)と、語り手の思索(特に第25章から27章)、そこに戦闘シーンが交互に描写されるから。
文章を変更して引用。
知性intelligenceは事物を考察する。精神espritは事物の結びつきを考察する。大切なのは知性の結論の総和ではない(p36,255)。
知るconnaitreことは説明すること、見ることではない。近づくaccederこと。対象と関わるparticiperこと(p67)。
自分とは肉体corpsではない。肉体は自分のものではあるが、自分自身ではない。自分は行為の中に存在している(p207,255-256,283)
人間はさまざまな関係の結び目(p211)
本当の愛とは、自分を作り出すことを可能にする、複雑に絡み合ったさまざまな絆(p244)
存在するためには責任(charge)を引き受けることが重要である(p259)
存在は言葉で説明できない。直観的把握しかない。言葉以上の何かである(p282)
平等egaliteと同一性identiteは違う(p275,288,297):「取り換えがきく一つ」(=同一性、数字に換算される)でなく、「権利も義務も同じな一つ」(=平等)が重要ということ。
これらの文章、まるでヤスパースの議論のよう。
存在Etreという言葉も何度も繰り返される(p227,229,253,283など)。
知性、肉体、言葉ではない何かが大事で、それは人との関係と責任である。
とはいえ、単なる精神主義ではない。
精神と肉体をもって存在していることが大事(p256)と主張している。
ただ、後半から、傍観している外国への批判と、フランスも戦っているという主張(p116,172,178,257-258,260 p180ではアメリカを名指し)で、急に政治的パンフレットを読んでいるように感じてしまうときも。
さらに時々、死への覚悟、戦友愛、愛国心が露骨に入り込んだり(22章)、「私は理解したJe comprends・・・」と繰り返す件などは煽情的な印象もあり、少し残念。
とはいえ、集団(p284)、大衆や国家(p291-292)が尊重されるべきでなく、「数字に支配された」共同体(p256)が問題だとサン=テグジュペリは主張し、単純な「国家を優先した愛国心」は退けている。
個人的に考えさせられたこと。
死(に類するほどの災厄)に瀕すると人はどうなるか。
「文士連中」が描くような錯乱はない(p85)。
また「どんな気持ちか」「何を考えたか」などの質問は的外れである(p84)。
災厄時にメンタルヘルス関係者がはまりがちな陥穽だと思う。
自省もこめ。
戦争とは。
「絆を(略)生み出す(略)冒険ではない。戦争とは病気だ。チフスのような病気なのだ」(p96)
負けている状況下で不格好なまでにもがきつつ、どう生きるべきかを描く、単なる英雄譚とは一味違う名作だと思う。
サン=テグジュペリ「戦う操縦士」 鈴木雅生訳
880円+税
光文社古典文庫
ISBN 978-4-334-75372-6
de Saint-Exupery A: Pilote de Guerre. 1942
*原語版、検索するとPDFでゲットできます。便利な世の中だ・・・・