今日も忙しくて疲弊気味。でも優秀な後輩との対話で少し元気になりました。

 

 

 タイトルですが、まるで長生きしてはいけないかのようですが、もちろんそういう意味でないです。

 音楽雑誌で、おっという記事を見つけ、購入したCD。

 全部でCD8枚のギヨーム・ルクー全集です。

 

 ギヨーム・ルクー。

 ベルギー出身の作曲家だそうで、ただのオタクな私は知りませんでした。

 シャーベット食べたらチフスにかかって24歳で死亡という、いろんな意味で残念な亡くなり方をしています。

 なお、同じものを一緒に食べた友人たちは助かったとライナーノートにありました・・・・。

 

 1870年代生まれなので同世代の作曲家はドイツ系ならシェーンベルク、ツムリンスキー、ロシアならスクリャビンで、彼らと比べると作風は古いかもしれませんが、今となっては聴きやすい。

 ラフマニノフと似たポジションといえそうですが、長生きしてもラフマニノフのような甘い作品は作らなかっただろうと思います(たぶん その1)。

 

 さて、本CDを購入した理由はただ一つ。

 この方のヴァイオリン・ソナタが「失われた時を求めて」の登場人物ヴァントゥイユのヴァイオリン・ソナタのモデルという説があると知ったからです(フランク、サン=サーンス説あり)。

 

 おお!と思って(悔しいですが)南米大河さんのサイトで購入。

 

 

 

 さて、ルクーの音楽ですが、私は大変に気に入りました。

 好きなブルックナーは疲れている時にちょっとやかましいし、バッハはながら聞きができない。

 でもルクーはうるさくないし、美しいし、ややこしいことを考えず純粋に楽しめます。

 最近、本を読むときにずーっと聞いています(夜中でも聴ける)。

 

 ルクーの作風は全体としてバッハのような古典的様式が多く、フーガや対位法を使っているのが私的にツボ。

 一方で時代的に管弦楽は当然、ワグナーの影響下で、これもブルックナー・ファンの私のツボ。

 フランクの最後の弟子だったそうで、なおさらバッハ、ワグナー、あるいはオルガンニストだったフランクの影響でオルガン的な構成に親和性があったと思います。

 

 

 で、プルーストつながりの曲、ヴェルデラン夫人のサロンでスワンがオデットの横で聞いていたことになっているヴァイオリン・ソナタですが、全集1枚目冒頭に収録されています。

 プルースト云々抜きにして、この作品はいくつかCDがあるので名作とされているのでしょうか(たぶん その2)。

 この作品集では、ピアノ担当の方、指を叩きつけ過ぎで少しうるさいのですが、まま、「若さ」を表しているということで。

 

 

 これよりも気に入ったのがCD3枚目の、2台のヴァイオリンのためのアダージョ。出だしが荒々しくもモダンでかっこいい。

 

 あと、CD5枚目の習作の管弦楽曲、あと交響曲か交響詩になったであろう、第一楽章(?)ハムレット、第二楽章(??)オフィーリア(2つのヴァージョンあり)も好んで聴いております。

 

 習作のナントカ(手元にないのですが、タイトルがなんとかトライアンフでした)は、繰り返されるモチーフがちょっとしつこく、急にゲネラル・パウゼになって、すると弦楽器だけのフーガが始まる、で、徐々に木管金管がテーマの断片を重ねるという、あれ?どこかで聞いたような・・・という曲です。

 ブルックナーの最終楽章、最後のコーダ直前の「くるぞくるぞ・・・あれ、繰り返すの?・・・・あ、今度こそくるぞくるぞ・・・あれ?フーガなの?・・・あ、今度こそ・・・」の例のあのあたりな感じ(どんな感じなのでしょうか)。

 

 もう一つ、何枚目かに弦楽器のためのアダージョがあって、「新たにリンツでブルックナーの交響曲の草稿がみつかったんです!でも、おそらく第三楽章か第二楽章のアダージョの一部だけなんですが」と言われれば、私的には「あ、そうかな」という感じの曲(あくまで私個人の感想ですので、ブルックナー要素ねえよと思われた方、すいません)。

 Youtubeにありました。他の作品もあるかも。

 

 

 「ハムレット」は、フランクの弟子らしくモチーフがしつこく循環、そしてオーケストレーションはワグナーの影響下で私が好きな「パルジファル」のような響きがたまーにあります。

 「オフィーリア」もしっかりしたメロディーラインのモチーフがあり、ヒロインだからといってベタに繊細なフルートなんか使わず、華やかだけど低め音域のクラリネットと柔い音のオーボエ中心なのも美しい。

 しかもハムレットとオフィーリアのテーマの出だし2音は同じで(たぶん その3)、3音目からハムレットのテーマはメロディーがあまり上下せずに解決するのに、オフィーリアの方は細かく上下しつつ全体としてメロディーラインが下がる。

 作られなかった第三楽章(?)では、おそらくこの二つのモチーフが艶めかしくも絡むところがあったはずで、そうなると冒頭2音はユニゾンなのに3音目からメロディーラインが離れていくという、切なーい構成になっていたのではと思うのです(たぶん その4)。

 ただし、当方、音感もないし楽譜が読めないので完全に妄想で書いています。

 誰か教えてください。

 

 

 あと、2枚目か3枚目にある、ピアノ・ソナタもお気に入りです。

 プレリュードの後に、私の大好物なフーガ楽章がなぜか2つ続いて、全体で5楽章構成という面白い曲です。

 

 

 若いのに、露骨に、新しいものをつくるぜ!音階に上下関係なんてないぜ!平均律なんてぶっ壊せ!でなく、形式面をいじって工夫する保守的な感じ、好感度高しです。

 伝統との距離感が絶妙な感じがします。

 というか、こういう立場の方が意外に難しいと思うのです。

 一気にひっくり返して「新しい」ことするより。

 

 

 この人長生きしていたらブルックナー(35歳年上)の後継者みたいになっていたんじゃないかなあ。

 45歳で第一次世界大戦、60歳超えて第二次世界大戦だから、兵隊にとられずに当時のヨーロッパの黙示録的状況を、荘厳な作風で描いてくれたのではと妄想したりします。

 残念です。

 

 

 

 

 

Guillaume Lekeu: Complete Works.    Ricercar,  2015