映画「TENET」を家内と観てきました。
私は2回目なので、前半はちょっとお休みタイム(えー、ちょっと眠ってしまいました)。
その間、家内は混乱中。
後半、主人公が逆行し始めたあたりから私は覚醒し、飛行場から最後の戦闘シーンまで堪能いたしました。
しかし、いろいろ分かるとますますニールがかわいそうに・・・。
戦闘シーンで、爆発と爆発の逆再生が同時に映っているって、何度見ても鳥肌ものです。
家内と意見が一致したのは「ニールの物憂げな雰囲気と、目つき、寂しげな笑顔がいい!」でした。
家内は私が苦手なハリー・ポッター・シリーズのファンで、ニール役の方はハリー・ポッターに出ていたのだそうです。
遠い目で「立派になって・・・」と、近所のおばさんのような感想を述べておりました。
で、話はがらっと変わって長らく積読だった本を読了。
本書は「ファウスト」を読み終わって、学問って何だろうと青臭いことを考えていたころに買った本です。
「絶対」を探求して研究に打ち込んでいた男が・・・・と、白い表紙の方の岩波文庫に書いてある簡単なあらすじに惹かれて購入したのでした。
で、今回、読んでみたら、思っていた内容と全然違いました。
前半は延々フランドル地方の紹介が続きます(p19あたりまで)。
書きっぷりから、バルザックは「知っていることは、どうしても書きたい」人だったに違いないと思います。
おそらく膨大な量の知識を吸収していたのではないでしょうか。
そういう人は、とにかく知識を吐き出さずにはいられない。
事実、本書執筆の際も化学をかなり勉強して、なんと学者さんに添削してもらったのだそうです(解説p364)。
読んでいる方は分かりゃしないんだから(えーと、私、その辺は読み飛ばしていました・・・すいません、バルザックさん)、そんなことしなくてもいいのにね。
でも、このフランドル地方の箇所は、後半に効いてきます。
主人公の妻と娘はフランドル人なのですが、彼女たちの我慢強さ、そして長幼の序を守り、どんなに夫や親が無理を言っても従おうと努力し、信仰に篤く、粘り強く自制した生活を過ごすことに、いかに長けているかが分かるからです。
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さて、本書は容姿端麗で若きバルタザール氏が、あのラボワジェのもとで化学を学んだという話から始まります(p37)。
そして名門の生まれながら体が不自由で容姿にも恵まれていない、しかし魅力的な女性、ジョゼフィーヌと結婚(p45)。
二人は幸せな生活を過ごしていたのですが、バルタザール氏は学問をしているうちに徐々に「精神の病」(p57)で「性格が変化」していく(p57)。
バルタザール氏は妻子をかえりみず、リンを分解する、窒素を合成する、ダイアモンドを合成する・・・・と実験室にこもりっきり。
部屋から出てきてもぼんやりと考え事をし、独り言を言っては実験室に戻ってしまう。
夫人はバルタザール氏をどうにか振り向かせようと様々な工夫をし、我慢の日々を送る(p66-82)。
しかし、やがて膨大な実験道具や試薬の支払いで、家の財産も・・・・(第三節)。
とうとう夫人は病をえて消耗していくのですが、バルタザール氏はまったく気が付かずに「絶対」の探求に夢中(p117-122)。
そして夫人は失意の中で亡くなってしまう(p195)。
ここまでで小説のちょうど真ん中です。
その後、物語は長女であるマルグリットを中心に進みます。
彼女は「モノマニー(精神病のことです p222)」の父が、親の権威をちらつかせて金の無心をするのを上手にやり過ごしつつ、経済的に立ち行かなくなることのないように工夫をし、兄弟たちにしっかりと教育の機会を与え、邸宅や土地財産の管理をしていく。
ここまででやっと気付いたのですが(気付くのが遅い・・・)、この小説、バルタザール氏が主人公ではない。
もちろん、学問することとはどのようなことか、化学的にみると人間とは何か、化学とは何かなど、バルタザール氏に託した形でバルザックの見解は描かれています(たとえばp114-120、122-124、129-130、223、254-255、289など)。
しかし、バルタザール氏の印象はほとんどない。
彼は「金の無心」の繰り返しで物語を牽引していますが、内面描写がほとんどない。
行動も、娘に泣きついたり、脅したり、すねたりしている印象しかありません。
むしろ、この作品、精神が崩壊しつつある夫/父を支えながら、世間知を駆使し(たとえば民法をうまく使うp223、政治的派閥争いの人間関係を利用するp275、財産管理を工夫するp307、321。後半、具体的な金額がこれでもかと出てきます。そんなのわからないって、バルザックさん・・・)、慎ましくも逞しく、様々な犠牲を払いながら生きた、フランドル人の母娘二代の物語と読んだ方がいいのではないかと思います。
マルグリットは少しふっくらして一見冷たく見える、しかし「熟慮と秩序と義務心」のフランドル気質のかたまり(p137)と描かれています。
その賢明さ、鋭い観察力、適格な決断力!
いとこの公証人が彼女に家柄目当てで近づいても巧みに身をかわし、今度はその男がターゲットを妹に切り替えると、すぐに気が付いて妹を傷つけない程度にくぎを刺す(p203-207、276-284、299-302、303-304)。
本当に惚れ惚れします。
あと併行して描かれる、彼女の可憐にして慎ましやかな恋愛もほほえましい。
彼女、きっとバルザックの理想の女性像なのでしょうね。
そして、本書に描かれるバルタザールとジョゼフィーヌの関係が、彼の結婚観なのかもしれません。
すれ違い、夫は仕事で妻を犠牲にする。
そして全体を俯瞰すれば、家は女系で動いている。
・・・・えーと、私も反省することにします・・・・
というわけで、本書はバルザックがよくテーマにした「思考することは思考するものを殺す」、たとえば「ガンバラ」とか「知られざる傑作」のような作品と一味違います。
今、読んでいる本がフランス人女性についてキリスト教史からみていくというものなのですが、ちょうど本書と内容が重なる気がします。
その本のことはまた。
それにしてもマルグリット、かっこよかったなあ。
逞しく生きていく女性の活躍を読みたい方、お勧めです。
長いけどね。
バルザック「「絶対」の探求」 水野亮訳
660円+税
岩波文庫
ISBN 4-00-325306-X
Balzac H de: La Recheche de L'Absolu. 1834