ずっと気になっていた映画。
最近、仕事もしんどいことばかり。
こういう時は、マイナスにマイナスをかけて気分転換することにした。
何しろDVDのストーリー紹介には、「離婚直前でそれぞれすでに浮気相手のいる夫婦。その子供がある日、失踪する。そして、衝撃のラスト・・・」と書いてあるから、どんよりする映画に違いない。
さあ、覚悟して観よう・・・と思ったら、あれ?なんだか考えていた映画と違う??
(以下、ネタバレになるかもしれないので、ご覧になりたい方はお読みにならないように!)
さて、本作、なぜか「いつの話か」をはっきりさせている。
というのも、失踪する息子アレクセイくんは2000年生まれで、映画の設定では12歳(つまり映画は2012年から始まる)と、台詞でわかるのである。
こういう時って、意味があるに違いない。
さて、調べると、おお。
2000年はボリス・エリツィンからウラジミール・プーチンに大統領が交代した年。
しかも2012年はプーチンが首相から大統領に返り咲いた年。
これ、無意味なわけがない。
ちなみに、アレクセイくんのお父さんの名前はボリスである。
この映画。いろいろ意味ありげな描写がある。
まず冒頭の川辺のシーン。木々が倒れている。
もうこれだけで嫌な感じ。
そして、劇中、すぐに気付くのが、ずっとラジオやテレビで、アメリカとの関係やウクライナ騒乱の放送が流れ続けていることである。
失踪前のアレクセイくんが、冒頭の川辺で遊んでいる。
空高く投げた棒が木に引っ掛かってとれなくなるのだが、棒についている細長い布きれは白と赤のストライプである。
ロシアの国旗は、白、青、赤。
青空に、赤と白の布きれがはためく。
それをとろうと何回もジャンプするアレクセイくん。
お父さんの会社。キリスト教に厳格(すぎる!離婚しているとクビって・・・)な会社だという。
同僚(らしき)人物がいるが、彼は嘘をつくのが平気らしい。
お父さんの仕事場がうつるシーン。パソコンの画面がソリティアになっている人がいる。つまり仕事をしていない社員がいる。
お父さんが職場のエレベーター(?かどうかもはっきりしない)に乗るが、奇妙に横長で、お父さんを入れて12名乗っている。キリストの弟子たちの人数と同じく。
お母さんは、ジェーニャという名前らしく美容室に勤めている。
お母さんは、ほんとんど誰とも視線を合わせるシーンがないが(目を合わせるのは不倫相手くらい)、自分の母親くらいの年齢の美容師と鏡越しに目を合わせて楽しそうに話している。その後、何をしていたのか分からないのだが(むだ毛処理?)、全裸で軽く背中を丸めて横たわる ― まるで胎児のように ― シーンが続く。
失踪した息子の調査に来る警察。
あきらかに面倒そうにアレクセイくんの部屋の写真をとる女性警察官。
指揮をとっているらしき警察官の対応も、とてもいい加減である。
ボリスの不倫相手。
臨月だが、自分が捨てられるのではないかと不安でいる。実際、常に不安そうである。
ボリスと共にいる時はほとんどセックスのシーンで、彼女が何かを話す相手は、彼女の母親だ。
そして「歯が抜ける夢」を見る。
ジェーニャの不倫相手。
彼もジェーニャと共にいる時、あまり表情はなく、やはり性的なシーンが多い。
そして彼がもっとも幸せそうな表情を見せるのは、実の娘とスカイプで話しているシーンだ。
ロシア情勢は詳しくなかったので、これを機会に調べてみたが、なるほどなあと思った。
監督自身はこの映画について、「ロシアの期待と失望を描きたかった」と述べているらしい。一方で、「これは政治的な映画でなく家族の映画」とも答えていると読んだ。
いやー、でも、これ「家族についての映画」ですか?正直、登場人物の性格描写が浅いし。むしろ寓意的な描写が多い気がする。アレクセイくんなんてほとんど台詞がない。ただ、あの泣き顔だけは名演技で、本当に切なかった。
私が見つけられない(でも、見つけられたら、ぜひ読みたい!)町山智浩さんの批評では、本作品を「両親がロシアで、アレクセイくんはウクライナを象徴している」と指摘されているらしい。
私も「家族映画ではない」には賛成だが、ロシアVSウクライナでは収まらない映画だと思う。
これは、もっと大きく「ロシアという国について」の映画ではないか(まま、監督もそうおっしゃっているわけだが)。
最後のシーンのお母さん。
「お前はオリンピック選手か」みたいな恰好である(胸にRussiaと書かれた赤と白のジャージをなぜか着ている)。
アレクセイくんの失踪時の恰好は「赤いジャンパーで青いズボン」である(確か・・・。逆かな)。
ちなみにウクライナの国旗は青と黄色である。
ボリス(調べると「戦う」という意味があるらしい)は、自分の元妻と同じく、結婚する前に相手を妊娠させて、そのままその女性を選ぶことを繰り返している。つまり、「同じことを反復する」存在として描かれる(私が驚いたのが臨月近い不倫相手と性行為をするシーンである。あれはロシアで普通なのか、それとも寓意があるのか。ボリスが自己中心的に強引に迫っているようには描かれていない)。
そして彼は信心深いというよりキリスト教(的)法を強制する会社で嘘をついてまでクビを免れようとしており、「厳しい法のもとで面従腹背する」存在でもある。
ジェーニャ(調べると「生まれが良い」という意味らしい)は、厳格だったらしい母親との関係はもともと折り合いが悪く、結婚より先に妊娠したことを赦されてない。それどころか、「あなた(ボリス)のことは愛していない。母親から逃げるために結婚した」と、平然とボリスに言って運転中の車から追い出されてしまう。
彼女は「窮屈な生活から自由を得ることに手段を選ばない」存在だ。
さて、失踪したアレクセイくん。名前の意味は「守る」だそうである。
そう、ここまで考えてみると、これって家族の映画でないような気がしませんか。
一党独裁の旧ソ連の崩壊。
皆が面従腹背から解放された。
そして、エリツィンのもと、若干、強引に勝ち得た自由は、ロシア国民の望んだような結果を生み出さなかった。
ロシア国民が失望していた時、まさに2000年に、国民の希望のもと、プーチン政権が生まれた。
冷戦の終結から経済的大混乱を経て、現在、ロシアは大国として復活している。
この映画は2017年に公開された。
ウクライナ情勢もシリア情勢もまったく解決していない。テロや暗殺も続いている。
ラストシーン。
先にも書いたが、ジェーニャはなぜかベランダ(つまり外)に置いてあるランニングマシーンで、Russiaの名前のついた赤と白のジャージを着て虚脱した目つきで走り続ける。しかし、ランニングマシーンだから「前には進まない」。そして外は雪が降っている。
電柱に貼られて色あせたアレクセイくんの失踪のチラシ。
アレクセイくんが木に引っかけてしまった赤と白の布きれと棒が、雪景色の中でうつる。
真っ白な背景で見える色は、「赤」だけだ。
ジェーニャの服装と同じく。
アレクセイが失踪時、ようやく動き出した警察が捜査を始めると、「不思議なことに(防犯)カメラに映っていない」と言われる。
「希望の年」に生まれた「彼」は、本当にいたのだろうか。
彼かもしれない遺体が血だらけ(真っ赤)で発見される。両親はDNAで確認することを拒む。
「現実に直面しない」大人たち。
ロシアに、「正当な手続き」で得られた<自由>が、「守られる」べきものとして受け入れられる日は来るのだろうか。
ところで、プーチンの名前はご存じの通り、ウラディミールである。
調べてみると、「平和・世界」が語源だそうである。
アンドレイ・ズビャギンツュフ監督・脚本「ラブレス」 原題「Nelyubov」 2017年公開 2018年日本公開