最近、映画公開の回転が速すぎる。

 「お、いいな、観に行こう」と思っていても、いつの間にか公開終了していたり。

 

 本作もその一つで、レンタル屋さんでぶらぶらしていたら新作でDVDが並んでいて、「あれ、これから公開じゃなかったけ」と驚いてしまった。

 

 主役の女優さん、なんだか見たことがあるような気がするけど、誰だっけなあ、前歯がうさぎさんみたいでキュートだなあと思っていたら、「スターウォーズ ローグワン」の主演をしていた!

 あの時よりふっくらしていたので(逆か。あの時の方が、役に合わせてワークアウトして絞ったのか)、余計、気付かなかった。

 絶対、本作の方が綺麗です。

 てか、あの時の攻撃的な雰囲気が一切ない。

 ちょっと内気な感じ(ギンズバーグ自身がそうだったらしい)も漂わせた演技で、ほとんど別人。それは気が付きませんね。

 

 さて、本作。

 ルース・ギンズバーグが、いかに努力を重ねてきたかというのはよくわかる。

 しかし、印象に残るのは、夫マーティンの人柄、価値観。

 フェミニストとかそんなことじゃない。

 「他者」に敬意を払うことができるということだ。

 私はもう遅いので、私のボンクラ息子が・・・・無理だろうなあ。

 制作陣の皆様方におかれましては、ぜひ「マーティン・ギンズバーグ」の生涯を映画にしてください。子育ての参考にします。

 

 本作で面白かったのは3点。

 法廷では、法律用語なのか、ずっと男女の違いをdistinctionと表現していた。

 あれ?differenceじゃないんだと思って辞書で調べると、distinctionには「優秀」「栄誉」などの意味があり、単なる区別でなく良い意味で人と違うというニュアンスがあるらしい。

 つまり男側は女性側を「立てている」つもりなのだが、女性が「立ててほしい」ところとズレているということである。まことに難しい。

 映画に出てくるハーバード大学の学部長さんも、自分は誰もが反対した女性の入学に尽力してきたと嘆いているシーンがあるので、当時としては進歩的な男性だったのだろう。それでも主要スタッフが女性の本作では、あのように描かれてしまうのである。まことに難しい。

 もう一点は、ギンズバーグの服装。

 彼女は母親に「レディーであれ。疑問をもて」と言われている(字幕だと後者しかなかったような・・・)。

 おそらく彼女は自分が女性であることを受け入れており、プライドさえ持っているのではないか。というのも、彼女の服装も言動も普通にフェミニンなのである(そのことを思春期を迎えた娘に、「着飾っちゃって」みたいにズバッと指摘されるシーンがある)。

 私のような凡人には、ここがまだ消化できない。三浦瑠璃さんに感じた不思議さと似ている。あ、書いていて気が付いたけど、そうか、私の発想が「思春期の女の子レベル」ということですね・・・・。

 最後は、ちらっと出てくるオペラである。

 冒頭近く、ギンズバーグ家の壁に貼ってあるのは「ラ・ボエーム」のポスターだ。

 奔放だけど気のいい女性と、病弱で美しい女性が登場するオペラ(映画では、夫の方が病気になって、しかもルースは見捨てない)。

 そして映画中盤でルースが「偶然」手にするのは「フィガロの結婚」だ。

 初夜権などというものが幅をきかせていた時代。

 伯爵夫人は伯爵にどのような態度をとったか。

 男としては、あ、はい、メッセージはしかと受け取りました、という感じである。

 

 そういえば、本作と似たテイストの映画がある。

 「ペンタゴン・ペーパーズ」。

 え、あれは報道の自由についての映画でしょ、と思ったあなた。

 騙されたと思って観てほしい。

 主役は、Butを使わずHoweverを使うような上品で教養ある女性。

 スピルバーグはわざとらしい・・もとい、強調した演出で、当時の政治、報道、銀行などが男社会であることをヴィジュアルで見せ、そこにおろおろと入り込む(入り込まざるを得ない)主人公を、ちょっと突き放して描いている。

 なにしろドアを開けると、わざとらしいくらい・・・もとい、かなり強調して、男、男、男・・・と男が密集しているシーンを連続させる。

 私が驚いたのが、食事が終わって男たちが政治の話を始めると、奥様方が黙って(旦那たちも何も言わない)ちょっと目配せし、さっさと別の部屋に移り、(おそらく他愛もない)会話を始めるというシーンである。

 ええ?これは18世紀ごろの貴族を描いた映画ですか??

 1970年前後でも、アメリカの上流階級はそんなだったのかと驚愕した(スピルバーグがわざとらし・・・もとい、強調して演出したのだろうか?)。

 

 本作でも似たシーンがある。

 窓側で夫と男たちが法律の話をしている。反対の奥のソファでは奥様方が何やら会話している。

 そして、ギンズバーグはどっちにも行けずに躊躇している(しかし、当然、彼女は男たちの輪に入りたいと思っている。圧倒的に男たちの方を見つめている時間が長いし、何しろ映画では奥様方の話の内容はまったく聞こえない。まるで「聞く必要がない話」をしているかのように!)というシーンである。

 当時のギンズバーグの居心地の悪さを、わずかワンシーンで観ている側も実感できてしまう、見事な演出だった。

 

 それにしても邦題。

 大逆転って、ダン・エイクロイドですか?

 

  

 

 ミミ・レダー監督「ビリーブ 未来への大逆転」 (原題 On-The-Basis-of-Sex) 2019年日本公開