工藤庸子先生のご本は、それと知らずに何冊か読んでいた。
たとえばコレットやバルガス・リョサの翻訳、「フランス恋愛小説論」など。かなり前に手にとった「サロメ誕生」も面白くて、一日で一気に読み終わってしまった。
お恥ずかしいのだが、工藤先生のお名前を意識したのはここ1~2年で、蓮實大先生との対談集「<淫靡さ>について」が面白く、大先生が敬意を払っていることが十分に伝わってくるこの対談相手はどなただろうと思ったのが最初だった。
というわけで、期待大で手にした「女たちの声」。
やはり面白かった。
一日中手放せず、子供たちの遊びに付き添う時も、家内の買い物で一緒に出掛けた時もずっと読みふけっていた。
二項対立を超えたところにある地点。
公的空間でも親密圏でもない、その狭間の社会的空間。
起源が付きまとうエクリチュールではなく声(パロールでなくヴォア、つまり身体性が重要なのだろう)。
工藤先生がご指摘なさる女性にまつわる諸問題は「いわゆるフェミニズム」をどうしても遠巻きにしてしまう私でも呑み込めるし納得する。
なぜかといえば、ご自分の個別具体的な体験から出発しているからである。
この方法は本来の意味でとてもフェミニズム的だと思う。
男はすぐ抽象化し、概念で「空中戦」をする。
個別具体的事象や細かなディティールから出発し、抽象化に向かわず、そのまま横滑りしていく思考。
軽やかで素晴らしかった。
ところで、アーレントのことだが、ともするとヤスパースのことが無視されることに若干の不満があった。何しろヤスパースはアーレントの学位論文の指導者だったし、戦後はDuで呼び合う仲だったのだから。
二人の書簡集を読むと、いかにも謹厳実直なヤスパースが元弟子である年下女性に対して不器用に親愛の情を示しているエピソードがあったりして、とても微笑ましい。
そのヤスパースの哲学書は、おおよそ三つに分類するスタイルが多い。
彼の最初の哲学的著作の「世界観の心理学」も三が繰り返される。
全体は三部構成で、第一部は三章に分けられ、第一章がABCと三つに分けられる入れ子構造である。
アーレントにヤスパースの影響を見るのは牽強付会ではないと思う。
さらに、こんなことは工藤先生もご存知の上でのご指摘だとは思うが、三は一に劣らず男が成立させた論理といえないだろうか。
キリスト教の三位一体しかり、ギリシャの三段論法しかり、その影響を受けたスコラ哲学の立論―反論―証明しかり、ヘーゲルの弁証法しかり。
私は工藤先生がご指摘された、<三の戦略>がアーレントの独創であり、男の論理・思考とは異なるものなのではないかという点に対して、誤解だとか間違っているなどと申し上げたいのではない。
工藤先生のご指摘(それはとりもなおさず「女たちの声」だ)通りかもしれないし、二項対立に別のものを垂直方向ではなく水平方向に挿入するという考えは刺激的だった上に、とても素敵な解釈だと感じたことに変わりはない。
ちょっとだけ可哀想に思って、ヤスパースを登場させたかったのである。
工藤庸子「女たちの声」
羽鳥書店 200ページ
2400円+税
ISBN 978-4-904702-77-2 C0095