短答の季節がきました。
この季節になるととても切ない気持になります。今日はちょっと長い記事です。

私は、平成16年から平成18年まで旧司法試験を受けており、弁理士試験は平成20年から平成21年。
実は5月1日が誕生日なのですが、「ゴールデンウィーク」=GWは、ほぼ毎年「頑張ろうウイーク」=GWで、本当にゴールデンになったのは、合格後の平成22年からでした(平成19年は旧司法試験から撤退したばかりで、あまり気持ちとして浮かなかったし、就職したてでお金も全然無かったので、楽しい思い出は全然無い)。

旧司法試験時代は、プータローしながら、プータロー4人で一軒家を借りて住んでました。喧嘩もしましたが、今となっては、本当に良い思い出で、勿論今も仲良くしてます。勿論今は別に暮らしていま
すよ(笑)。家賃は4人で7万円でしたので、一人1万8千円ほど。

プータローというと気楽な稼業?のような感じがしますが、実態としては、将来に対する漠然とした不安があり、プレッシャーは結構きついです。試験が近付くと眠れなくなり、他同居人に「寝てる?」と問いかけると、大体が「起きてる」というので、タバコとコンビニで買ったビールを片手に、夜中2時とか3時に鴨川近く、遅ればせながら、散った桜の木の下で花見をします。
その時に、「じゃあ桜に誓って合格しようぜ。合格したらこの木に報告するべな!」と皆で気合を入れて帰ってから寝る、という春が3度。
結局4人は最終合格できず、企業法務担当者2名、引き続きフリーター1名、広告代理店勤務1名、ということでバラバラの道を行きました。
なので、今もこの季節は、当時を思い出してなんとなく切ない。

旧司法試験には論文で2度蹴られ、センスが無いとあきらめましたが、自分の中での決着を付けたくて、弁理士試験を受験、2度目で合格できました。
そして、平成22年に合格の報告をしました。誰にって勿論桜の木にです。当時住んでいたときよりも町は少しだけ変わっていました。
弁理士試験については、色んな意見がありますが、私は取得して良かったと思っています。合格したお陰で当時勤めていた企業では昇級・昇格したし、嫁さんにも会えたし、個人事業主になったし、大学の仕事ももらえたし、出来る知財関連業務・法務業務が広がったことで、自信も付いたし。

「実務も知らずに弁理士なんて取っても意味ない」
本当にそうでしょうか?
少なくとも私は、「知識が経験を超えることがある」と信じています。
体系的な知識は、行き当たりバッタリの経験でのパッチあてなんかに負けません。それに合格後の成長速度が全然違う。

弁理士はキレイな仕事です。発明の生まれる場、権利を取得する場に居合わせられるのが本当に嬉しい。その権利を活用する場に居合わせられるのが本当にやりがいを感じる。例えて言えば、出産の場や結婚式に立ち会うのと同値です。
「精神面でひ弱な私には弁護士は向いていない。でも弁理士であれば向いている」、と神様が言ってくれたのだと今は思います。

受験を迷っていれば、是非トライしてみてください。
受験要件がこれほど緩和された資格はありません。
トライできるのであればトライするべきです。何時か、受験資格に学籍要件(理工系大学卒、教養単位○○以上等)や実務要件(特許実務3年等)が課されるかもしれません。トライすべきは思い立ったその時です。
また、短答直前に不安になっている受験生は、「いつかは絶対報われる」と信じて、「いつかこれも良い思い出になる」と長い目で自分を見てあげてください。人生流れがあり、良いときも悪いときもあります。
私も平成20年に短答で1点足らず、不合格になったときには本当に凹みました。もし、不安がぬぐえないのであれば、「不合格になったらやるべきこと」をまとめてみてください。不安になるのは、不合格後にやることが無いからです。だったら先に埋めてしまいましょう。

私は、弁理士になって本当に良かった。
発明の場に立ち会わせていただくだけでなく、今こうして講師をやらせてもらっていますが、一生懸命な受験生と一緒に居られる時間も私にとっては最高に幸せな時間です。






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