マーク・ウィットウェル先生に会ってきました
マーク・ウィットウェル氏
のワークショップに行ってきました。
なぜヨガをするのか…
ポーズ偏重のヨガに疑問を感じつつあったところに
先生のヨーガの真実
を読み、
今の自分は不完全で、
別の何かになったり・到達しなければならない
そのためにヨガをするのだ
そういう刷り込みから解放されなさい、というメッセージに
共感を受けたこと、
そして、マーク先生ご自身が、私がブログでも何度か
ご紹介した、ティーチャートレーニングでお気に入り
だったテキストHeart of Yoga: Developing a Personal Practice
の著者T. K. V. Desikachar師に師事した方であると
いうご縁も感じ、今回のワークショップに参加する
ことにしたのです。
そしてこれまたご縁なのですが、サンノゼ時代に
マイミクになってもらって、サンフランシスコに
いらした、サントーシマ 香さんが通訳。
セッションは全て英語で行われたのですが、こう
いう時に改めて、ちょっとばかり英語ができて
良かったなぁと実感するのです。
講義もアーサナプラクティスも良かったのですが、
先生のヨガ哲学が素晴らしかったです。
ヨガは特別な人のためのものではなく、なにかに
になるためのものでもない。
ヨガはヨガだけ。色々な流派がつくられたのは、
アメリカに行ってからのこと。
などなど、深いお話がいっぱいでした。
先生はアーサナ重視のヨガに警鐘をならしていて
アーサナは呼吸や瞑想にServeするものだという
ことを繰り返しおっしゃっていました。
とっても茶目っ気もあって、最前列の先生の目の
前に陣取っている、筋肉隆々のintenseなヨギを
「あなたのようにいちばん前に座っているような、
熱心なヨギはちゃんと私のいうことを理解して
くれますよね?」
といじりながら
日本人やドイツ人(ちょうど会場に先生の元教え子
のドイツ人がいたので)のような勤勉な国民こそ、
やりすぎてしまうので気をつけなければならない。
death by overwork(過労死)という言葉が日本に
あるようだけど、deth by yoga(ヨガ死)しない
ように。
とか、
「何かに到達しなくちゃいけない」というfuture
resultへの執着を取り除くためにAsanaがあるのに
Asanaに執着しているヨギや、難易度の高いAsana
をできるようになることが良い、と指導している
先生が多いことは残念だ
とおっしゃってました。
質問コーナーでは、マントラの意味を訪ねた人に
対して、
「意味はどうでもいいんだよ、ただの音のバイブ
レーションを感じれば」
と、意味を求めることを制しつつ
Only un-enlightened people try to be enlightened.
悟りを開いていないと思っている人だけが悟りを求める。
loveもhappyも同じで、無いと思っているから求めて
しまう。もう、無いとか、何かを得るとか、「無い」
という考え方をやめて下さい。
それは、もう既にここにあるんだから。ATHA!
その話を聞いて、
パタンジャリのヨガスートラのいちばんはじめ
atha yoganusasanam
atha=今
yoga=結ぶ
anusasanam=教え、インストラクション
このまま訳すと、「今からヨガを教えます」
だけど、本当は
「ヨガの教えは今既にここにあります 」
なのかも…って思いました。
終わったところで、お礼を言いにいったところ、
最近、痛みがある私の膝に包むように触れて、
にっこりとハグしてくれました。
もしかして私のポーズを見ていて気付かれたのかも
知れないけど、別に膝の痛みのことは話していなか
ったので、ちょっと驚きでした。
先生のインタビューがこちらに載っています。
ご興味のある方はどうぞ。
のワークショップに行ってきました。
なぜヨガをするのか…
ポーズ偏重のヨガに疑問を感じつつあったところに
先生のヨーガの真実
今の自分は不完全で、
別の何かになったり・到達しなければならない
そのためにヨガをするのだ
そういう刷り込みから解放されなさい、というメッセージに
共感を受けたこと、
そして、マーク先生ご自身が、私がブログでも何度か
ご紹介した、ティーチャートレーニングでお気に入り
だったテキストHeart of Yoga: Developing a Personal Practice
の著者T. K. V. Desikachar師に師事した方であると
いうご縁も感じ、今回のワークショップに参加する
ことにしたのです。
そしてこれまたご縁なのですが、サンノゼ時代に
マイミクになってもらって、サンフランシスコに
いらした、サントーシマ 香さんが通訳。
セッションは全て英語で行われたのですが、こう
いう時に改めて、ちょっとばかり英語ができて
良かったなぁと実感するのです。
講義もアーサナプラクティスも良かったのですが、
先生のヨガ哲学が素晴らしかったです。
ヨガは特別な人のためのものではなく、なにかに
になるためのものでもない。
ヨガはヨガだけ。色々な流派がつくられたのは、
アメリカに行ってからのこと。
などなど、深いお話がいっぱいでした。
先生はアーサナ重視のヨガに警鐘をならしていて
アーサナは呼吸や瞑想にServeするものだという
ことを繰り返しおっしゃっていました。
とっても茶目っ気もあって、最前列の先生の目の
前に陣取っている、筋肉隆々のintenseなヨギを
「あなたのようにいちばん前に座っているような、
熱心なヨギはちゃんと私のいうことを理解して
くれますよね?」
といじりながら
日本人やドイツ人(ちょうど会場に先生の元教え子
のドイツ人がいたので)のような勤勉な国民こそ、
やりすぎてしまうので気をつけなければならない。
death by overwork(過労死)という言葉が日本に
あるようだけど、deth by yoga(ヨガ死)しない
ように。
とか、
「何かに到達しなくちゃいけない」というfuture
resultへの執着を取り除くためにAsanaがあるのに
Asanaに執着しているヨギや、難易度の高いAsana
をできるようになることが良い、と指導している
先生が多いことは残念だ
とおっしゃってました。
質問コーナーでは、マントラの意味を訪ねた人に
対して、
「意味はどうでもいいんだよ、ただの音のバイブ
レーションを感じれば」
と、意味を求めることを制しつつ
Only un-enlightened people try to be enlightened.
悟りを開いていないと思っている人だけが悟りを求める。
loveもhappyも同じで、無いと思っているから求めて
しまう。もう、無いとか、何かを得るとか、「無い」
という考え方をやめて下さい。
それは、もう既にここにあるんだから。ATHA!
その話を聞いて、
パタンジャリのヨガスートラのいちばんはじめ
atha yoganusasanam
atha=今
yoga=結ぶ
anusasanam=教え、インストラクション
このまま訳すと、「今からヨガを教えます」
だけど、本当は
「ヨガの教えは今既にここにあります 」
なのかも…って思いました。
終わったところで、お礼を言いにいったところ、
最近、痛みがある私の膝に包むように触れて、
にっこりとハグしてくれました。
もしかして私のポーズを見ていて気付かれたのかも
知れないけど、別に膝の痛みのことは話していなか
ったので、ちょっと驚きでした。
先生のインタビューがこちらに載っています。
ご興味のある方はどうぞ。