ヨガヨガ あるヨギの自伝 感想パート2 | 10 years...

ヨガヨガ あるヨギの自伝 感想パート2

あるヨギの自叙伝から。

ヨガナンダはアメリカにヨガを広めた人として有名ですが、
最初にアメリカに降り立った際にサポートをしたのがキリ
スト教のユニタリアン派だったそうです。

このユニタリアン派どこかで聞いた様な…と思っていたら

大学時代のルームメイトであり、卒業後一度は数年間疎遠
になりながら、偶然の再会を果たしたマーさんが
ユニタリアンであるという話を聞いた事を思い出した。

クリスチャンの母に生まれ、聖書からとった名前をもらった
私が、一人(一つの)神・宗派のみを信仰することや特定の
神を信じないものを排他する考えに違和感を感じたこと

サマディ(三昧):八つの道のり=ヨガ八支則の最終段階 
は祈りや、山にこもって断食することなど俗世から乖離
してのみ到達するものではなく、方法は様々でこの俗世
で生きながらたくさんの人と関わる事でも見出されること
もあるということ

ヨガティーチャートレーニングで学んだ、宗派も、人種も
関係なくヨガは自己を高め、良く生きる事を求める人全て
を受け入れるという考え方

画一的ではなくその人それぞれにあった路があるという事。

自分の中に見出すものであるという事(=自分が神という
誤解ではなくて、どこにでも居る、あると感じること)

一見ご都合主義に聞こえるかも知れないけれど、スッと
自分に入って来たと言うか、本当に何気なく

あ、そっか そういうことか って思ったんですね、

そしてもう1点は

引き寄せの法則 エイブラハムとの対話

との共通点

自分の意識をうちなる案内人に同調させれば、人生のあらゆる
問題に対する答えを聞く事ができる とヨガナンダは書いてます

社会、経済的な豊かさも邪魔者ではない
先生(ヨガナンダの師)が、外交的な思惑にわずらわされず、いつでも思う事を率直に述べる事ができたのは、一にこのような経済的独立があったからである。後援者のきげんをうかがわなければならない他の教師たちと違って、先生は経済的な問題のために他人から影響される事は全くなかった。

そう、難しく考えないで、ベジタリアンにならなきゃとか、
○○しなくちゃ的な発想にとらわれないことこそヨガなのでは?
と最近思うようになりました。

ヨガっていうと、宗教?って思ってしまう事あると思うんです。
私もそう思ったし、実際悪用している残念な例もあります。
それが初めて大学時代にヨガをやったとき、ヨガにハマらなか
った大きな理由の一つ。

でも、ティーチャートレーニングで深く学んで良かったことは
ヨガは宗教じゃないんですよ ってわかったこと。

簡単に言えば、自分にも、他の人(人って言っても地球とかも
含む生きとし生けるもの)のためのハッピー追求法です。

1年の始めであるこの時期だからこそ、そんなヨギな気分で、
色々書いちゃいました。