理解中心の教授法 という言語教育において現在主流の言語教育アプローチがあります。

 

 

理解中心、というのは

生徒が理解できる言語項目中心ということです。

 

例えば、最初の文法は現在形から習います。

 

そのあと現在進行形、過去形、現在完了…と時制を増やしていくわけですが

 

急に現在完了を習っても、過去形や現在形を知らない学生は、

現在と過去のつながりを意識できないので、時制の感覚がなく、チンプンカンプンです。

 

 

そういう観点から、文法同士近しい物を生徒が既に理解している知識を利用してインプットさせることが

 

理解可能なインプットになります。

 

He goes to school. 学校行く

He went to school. 学校行った

He has been to school. 学校行ったことある

He has gone to school. 学校行った(その場にいない)

 

文法だけでなく、単語や言い回しなんかも含みます。

この、理解可能なインプットというのに特化したインプットの代表の1つが

 

皆さん大好き、最近はやりの

Extensive Reading Listening(多読多聴)であると言えます。

 

lebebeにはあっていなかった、このアプローチですが(笑)

基本的には90~95%分かる単語や文法知識を使って残りの5~10%を推測し

語彙や文法能力を高める、という目的のアプローチです。

 

 

では、ひたすら本を読んでニュースを聞いていればいいのか?

 

以前は理解可能なインプットをすれば、言語は身に付く、と提唱されていたわけですが

 

どうやらそれだけではダメなようです。

 

 

例えば、

理解可能なインプットを続けたところで

 

正しい知識は身に付くが、間違った知識の修正には至らない

 

という結果が出ている研究があります。

特に修正されない間違った知識に関しては、母語からの影響が大きいらしです。

 

例えば、フランス語で

Il part rapidement à l'école.

が文法的であるがために

He leaves quickly to school**

という語順を使ってしまいます。(正解はHe quickly leaves to school もしくは He leaves to school quickly)

 

こうした母語からの影響が強い誤りに関しては、先生が中心となって明示的に教えた方が効果的であるとされています。

 

 

 

 

 

そのあと、

 

インターアクション仮説(Interaction hypothesis)という理論で

(これは、そもそも理解可能なインプットを否定するものではなく追随する研究ですが)

 

先ほどのインプットがどうすれば理解可能なものになるのか、についての研究をしまして

 

相手との意味交渉で通じるか通じないか、やり取りをしてこそ生徒は理解ができる、ということです。

 

 

これが現在注目されているコミュニケーション中心の授業の原点でもある、といえるでしょう。

 

 

 

 

 

何故インターアクション仮説が現在の主流か。

 

 

以前は、オーディオリンガルアプローチとか言って

 

ひたすら文系ドリルとかいう文法練習本を使って

 

I walk to school.

I don't walk to school.

 

He can swim.

He cannot swim.

He can't swim.

 

 

と、同じパターンをひたすら書き続ける訓練をしながら(パターンプラクティス)

文法を学び

 

 

先生に合わせて

 

先生:Repeat after me!! I am Mike!

生徒:I am Mike!

 

 

と、模範しながら勉強する教授法が主流だったわけですが(日本では今でもこれが主流である学校が多いと思います)

 

 

全然、身に付かないのです。

 

lebebeの経験ですが、この勉強をしている時

 

なぜ is が 「です」 なんだろう、とかなり漠然とした疑問を抱き続けていました。

 

wasが出てきたときには悲惨。

だって、でした、だけでなく I was at school.にもみられるように、「居ました」という訳も出てくるから。

 

こんなんだから、テストでもずーっと平均点以下でした。

 

 

 

 

まずこれは、理解可能なインプット仮説に反する教え方であり

 

たとえひたすら文系ドリルで練習しても

 

「生徒が心底理解しなければ」意味がないということの証明になります。

 

一例として

I have a dog.

I don't have a dog.

という例文を見れば

 

I like the government.

I don't like the government.

と、the governmentという単語の意味を知らなくても言えるし書けてしまいます。

 

生徒は、理解に意識を向けないまま、パターンのみに注目して

ひたすら反復練習するのみです。

 

 

 

では、

I have a dog.なら意味も分かる。

それを繰り返し発音して覚えれば使えるのか?

 

答えはNoです。

 

何故なら、学習者が言語を習得するには

I have a dog.という表現を使ったインターアクションを通じて、誰かと意味交渉する必要があるから とされています。

 

そこで

生徒①Do you have a dog?

生徒②Yes, I do. I have a dog. Do you have a dog?

生徒①No, I don't, but I used to have a dog.

 

という一連の流れを追って、I have a dog.から派生する文を作っていきますと

 

I have a dog.はもちろん、Do you have a dog?の答え方がI have a dog.になることを確認できます。

さらに I used to have a dog.というI have a dogに近そうで、意味は全然違う表現を耳にしたりします。

 

こうすることで

単なるI have a dog.という文一つでも、どういった文脈で使うのか、その答えを導き出すための疑問文、否定にした場合の表現等

文系ドリルでは学べないことが沢山出てきます。

 

 

さらに

I don't have a dog.犬は飼っていない

I used to have a dog.犬は以前飼っていた

という、今は飼っていないけれど、飼っていた過去がある、という表現もインターアクションする相手が上級の場合できたりしますから

こうやって「自分の言いたいことを言える」状態に言語知識や言語使用能力が増えていくということです。

 

 

こうした理解中心の活動は、言語活動を始めた初期の学習者~中期の学習者に特に効果的であるとされています。

 

そして、ある特定の項目を教える際は、生徒自身の言語使用に加えて、教員が強制してOOを使いなさい、というルールを提示することが効果的だと言われています。

 

たとえば、I used to have a dog.を使うことになれていない生徒は

I had a dog before.といってしまうかもしれませんが、そうではなく

I used to have a dog.を会話の中で強制して意味解釈のために使わせることで、言語上達を促進させることが言われいます。

 

 

 

このように、生徒の理解中心、特にインターアクション仮説を使った授業は「生徒に意味交渉させる」という意味で

かなり生徒中心の授業が営まれていると思います。

 

lebebe個人としては

「英語で考えることができて英語で言いたいことが言える」レベルまでの学習者は、この理解中心の授業が効果的であると思っています。

 

どのレベルまで有効なのか、に関しては、自分のリサーチしたい分野と絡めて調査していきたいと考えています。

 

ある程度の上級者に向けては、やはり先生が率先して文法項目や言語比較してみられる細かい部分を教えたほうが効果的である、という論文もあるので

 

レベルによって、おすすめできる言語の学び方がある、といっていいでしょう。