ウクライナ旅行の際に読んだ本を紹介します。

 

 

著者の寺澤盾さんという方は、ご両親がキリスト教信者で幼いころから聖書とのかかわりが強かったのにもかかわらず、宗教に対して何か疑問を持っていたのか、ノンクリスチャンを貫いてきたそうです。

 

 

 

キリスト教が身近な存在だからこそ、そこで客観的に観察して発見できることもたくさんあるのだろうな、と思います。

 

内容はかなり濃くて、聖書のお話を日本語訳・古英語・中英語・現代英語の4種類でところどころ参照してあり、ただ単に「古英語と中英語はこう違います」と断定的に解説するのみではなく文章を通して観察できるところが素晴らしかったです。

 

しかも、古英語なんかはなじみがないとなかなかとっつきにくいのですが、重要な箇所には日本語で解説が入っていたり、中英語と並べて記述されていたりするので、初心者でも楽しめる一冊です。

 

英語上級者なら少し解説などを読んだだけで中英語でだいたい内容を理解することができると思います。

 

 

さらに、中英語から現代英語までの文法などの変遷は前回の「はじめての英語史」で出てきた部分が多かったのですが、聖書における言葉遣いが新しい訳本が出てくるとともにどんどん変わっていっていることに衝撃を受けました。

 

 

例えば、改訂標準訳聖書では

So God created man in his own image.

でも、新改訂標準訳聖書では

SO God created humankind in his image.

 

と、manという単語を避けるためにhumankindという語を使っているのだそう。

 

これは、アメリカを中心に1980年以降にPolitical Correctnessといってさまざまな差別や不公平を除外していく運動が活発になったことが影響しているそうです。

 

そのほかにも、フェミニストを中心に支持される差別のない聖書というのがあるらしく

(The New Testament and Psalms: An Inclusive Version)

そこでは

神をFather イエスをSon of Manなどと著す「家父長的隠喩」Patriarcha metaphorを避けるため、Father-Motherと訳したり、KingのかわりにRulerもしくはSovereignと訳しているのだそうです。

 

なんというのか、そういう考え方は便利だな~と。

 

古い言い回しがナンセンス、もっとわかりやすく現代向きに、と思ったら新しく訳本出しちゃえ、ってなるところが斬新です。

 

キリスト教の学者さんたちって、かなり聖書の理解の仕方が違うな~という印象だったのですが、昔からこれだけ違う訳が出ていれば捉え方も千差万別になるは納得。

 

そこからまた、OO訳のほうが正しい!とかOO伝の方が忠実!などと見解が広がっていくのだろうな…

 

 

**ここに、NTPIVの目的や方針が書かれているので(ただしEng)

興味のある方はどうぞ↓

http://www.bible-researcher.com/ntpiv.html