金曜日から月曜日にかけてウクライナに行ってまいりました。
2週連続でツアーで行ってきたので、家計が火の車な我が家ですが、金銭管理はすべて主人に任せているので知らないふりをしています(笑)
でも、スラブ語系の言葉が一切分からない上に、紛争やらなにやら起こったばかりの国で個人では行けなさそうだったので、ツアーに申し込んでよかったです。
特に各観光地で現地ガイドをつけて通訳してくださるので助かりました。
そして今回は観光で魅力を感じることはなかったと言えばウソですが、それよりもガイドさんのお話が印象的だったのでまずはがっつり文章載せたいと思います。
今回撮った写真はもう一つの別記事で写真のみ載せるので
よろしければそちらも見てください^^
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ウクライナ
6月3~5日まで3日間ウクライナのキエフに行ってきました。
世界史めっちゃ苦手だし、お馬鹿な私は、ウクライナについて何も知らずに、旅行に行ったのです。
がしかし、超優秀なガイドさんのおかげで革命や歴史についてかなり印象的なお話を聞けたので、書き留めておこうと思います。
さらに、ホテルのベッドが壊れるという事件が初日に発生し(笑)
偶然にもガイドさんが2時間付き添ってホテル側とやり取りしてくれる間にかなり英語でウクライナについて会話してくださったので、それがすごく良い経験でした。
ガイドさん本当にありがとう!
以下、個人的にそのときの気持ちを忘れないように…と思って書いたものですので、誤字脱字等激しいかと思いますがご了承ください。
ウクライナ第一印象
これまでロシアだけでなく、ポーランドやらモンゴルやらいろんな国と闘って侵略されて…を繰り返してきたウクライナ。
詳しい歴史は専門家でもないので分からないけれど、独立してから間もない上に強そうな大陸に囲まれたこの国は、いろいろ大変そう、というのが観光前の印象でした。浅はかで本当にすみません。
ウクライナ語
人口は約4500万人で公用語は一応ウクライナ語だけれども、地域によってロシア語を話すそうで、政府によってロシア寄りになったりすると言語についてかなり揉めるみたいです。
多言語を愛する個人としては、ウクライナ側の人が頑張ってウクライナ語を守り抜いてほしいな…という気持ちです。
たしかハワイの言語学の先生がロシアは言語キラーって呼んでたんですよ。それを思い出しました。
言語は文化を投影しており、さらには文化そのものだと私は信じていますから、困難だとは思いますが言語を守ることに関しては各教育機関で是非頑張っていただきたいと願っています。
東部に行けば行くほどロシア語を話す人口が多いみたいで、ドネツィク州なんかは74%の人がロシア語を話すのだそう。
今回訪れたチェルノブイリ原発博物館でのガイドさんはロシア語を話していたようです。
ロシア語とウクライナ語は、方言のような感じで似ている語も多く、どちらかが話せれば習得するのはそこまで難しくないみたいです。
文字もキリル文字(よく顔文字ででてくるやつ→Д発音はD)で一緒なので。
個人的に、これどうやって読むのかな~と考えながら看板や説明文を解読する3日間はすごく楽しかったです。博物館などでは英語と照らし合わせると意味が分かる単語も多かったので、暗号解読みたいで楽しい時間を過ごしました。
因みに
Україна
これでウクライナって読むんですよ^^
面白い!!
私の60歳までの目標にロゼッタストーン読めるようになる(大英博物館で影響受けすぎ(笑)というのがあって、最近は初めて見る言語をなんとか解読するのにはまっています。
日本とウクライナと汚職
日本とウクライナの関係は、今年で友好25周年だそうで、多くの日本イベントが開催されたり桜が植えられたりと盛り上がっている様子です。
経団連や企業が直接民間の機関に支援するのが目立っており、政府間よりも民間でのやり取りが目立つそうな。
なんでかな~?と思っていたら、直ぐに回答が。
ウクライナの政治家は汚職がすごいらしく選挙が終わるとお金を自益のために使いまくるそうで、中には自分のためにボーリング場やプールなどが付いた豪邸を建てた人もいるんだとか。
うん。それだったら、政府間でやり取りするより民間でやり取りしたほうがうまくいくかも。
民間同士の交流ってやっぱり大事なんだな…と当たり前のことをしみじみ感じました。
汚職とは関係ないけれど「悪いことしといて全然恥ずかしくない、むしろ堂々とやる」って留学中何度も目にしたことのある光景だったりしますよね。ハワイでもオーストラリアでもそうだったけれど、ベルギーでもそうです。道端でトイレしちゃうとか(大人がね)。
チェルノブイリ
チェルノブイリ原発博物館はいろんな意味で印象的でしたが、ガイドさんなしだと言葉も分からないし何も感じなかったと思います。いろいろ説明してくれたガイドさんに感謝です。
政府が隠ぺいするため?なのか、純粋に国民をパニックさせないようになのか知らないけれど、チェルノブイリ事故があってから何週間も周辺の住民には知らせず、報道もさせず、全く避難させなかったことが印象的でした。
役人の人はちゃっかり防護服着て、普通に人が住む街を偵察しに行って、ある日突然「いまから避難しろ」って呼びかけて身一つで避難させてそのあと家を壊す、って…無理やりすぎる…。けれど、当時はそういうやり方が普通なのでしょう。
世界で大なり小なりたくさんの原発事故が起きているのに、いまだに400以上の原発があって人々は矛盾を生み出し続けている、というパネルもいろいろ考えさせられました。
直ぐに脱原発は無理でも、日本もはやく脱原発できるくらい違う発電開発が進むといいな。という個人的な意見は曖昧な表現にここではとどめたいと思います。
「今の若者は原発についてどう感じているのか」聞いてみました。
この話題は若者間でもかなり敏感な内容だそうです。まず、事故後30年しかたっていないのと、チェルノブイリの事故があった場所には220万人ほどのウクライナ人が住んでいたそうで、後遺症などによって4000人が亡くなったとのこと。
よって、家族を失った人も大変多く、それが原因で原発というのは繊細な話題の様です。もうすこし突っ込んだ質問したかったけれど、敏感な話だしガイドさんも思うことがあるようだったのでここらへんで話が終わってしましました。
きっと、日本だと福島で原発についてどう思う?とか津波についてどう思う?って聞くのと同じなのかな。
私も東北にボランティアに行ったとき現地の話を聞きたかったけれど、とてもじゃないけれどそんな話できなかったし、目の前の悲惨な沿岸部の状態に自分自身も言葉が出なかったです。
当事者にとって悲しい話題というのは、治療でない限りこちらから無理やり聞くもんじゃないな、と震災当時の気持ちを思い出しました。
親ロシア派とウクライナ派
東部のロシア派の人とウクライナ派(どう読んでいいのか分からないのですが一応民主主義を主張している人たち)の人は、一緒に仲良く住めないの?という質問には、ガイドさん曰く、革命で両側が沢山亡くなってお互いに憎みあっているから、住み分けた方が平和だという回答が。
だから、ほとんどのウクライナ派は国を統一しよう!!という気持ちよりも、住み分けて安全に安心して暮らすことを支持しているみたいです。
そうか、その方が平和なんだ…。
生半可に仲良くなんて思った自分はなんて平和ボケ野郎なんだ…と深く反省。
家族や友人を革命でたくさん失って、まだ心が傷ついている人が沢山いるんだ…と実感する言葉でした。
ウクライナをもっと独自で発展させたい、と願う特に若者の多くはEUに加盟することを願っていますが、もちろんロシア派の人たちはロシアと仲良くすることを望んでおり、政治家も選挙前と選挙後で意見がガラっと変わり右往左往する状態で国全体がまとまらないのだそう。
経済を発展させていくには一致団結して頑張らないといけないのだけれど、それぞれのグループが殺しあうくらい主張するのだから一致団結は難しい話なんだろう…としみじみ。
まとめ
ベルギーに来てからこれまで何カ国か欧州で旅行に行ってきたけれど、一番ユニークで勉強になった国でした。
国自体が発展途中だし言葉も全然分からないから(笑)正直旅行で行こうとは思わないけれど、ガイドさん付きでいろいろ歴史について勉強しながら行けばかなり面白い経験ができる国じゃないかと。
特に、この前まで人が死ぬほど言い争っていた革命の場所に立って、亡くなった人の写真やなんかを見ていると「命を懸けて主張することの偉大さ」を感じます。
「私はこう思う!!」ってことを命かけてまで言ったことも思ったこともない私は、彼らの事を真の意味で理解できないけれど、尊敬はできます。本当にすごいと思う。
政治的な背景やら、各国との関係性、歴史などいろいろ事情はあると思うけれど、これだけ頑張っている人たちをうまく導いて、報われる未来を先導する人やチャンスが現れるのを祈るばかりです。
そして、かつての日本にもこのように主張して「日本が日本であるため」に命を懸けてくれた人たちが沢山いたことを忘れてはいけないな、と改めて感じるのでした。