自分が幸せになること

 

私の中で1つの結論を出していることがあります。

 

人生で優先すべきことの1つとして「自分が幸せになる」ということ。

 

日本には「自分が幸せになること」は悪とする風習があると記載されている本がありました。

 

日本は自己犠牲を「美」とする精神があると。。。

 

「あなたのためなら」「君のためなら」「子供のため」「親のため」など

この後に続く、きれいな言葉は自己犠牲からなるものである。

 

私の親もどちらかというと「子供のためなら」疲れているが、どこかに連れて行ってあげようとしてくれました。

そこには、確かな愛と確かな自己犠牲があったと今は思っています。

このことが悪いといっているのではなく、行動をした結果が重要になってきます。

 

例えば、

「子供のために、疲れているが遊園地に連れて行ってあげよう!」

その結果、親の体調が悪くなってしまった、遊園地に連れていくまでに渋滞にハマりイライラしてしまう。

このような結果であれば、遊園地に行かない方がよいと私は思っています。

なぜなら、子供も親には笑顔でいてほしい、一緒に楽しく遊んでほしいと思っているから。

 

 

昔ながらの考えが悪いとは言いませんが、

 

私は、まず「私が幸せになり」幸せな私と一緒に子供も幸せにしてあげたいと強く思っています。

 

 

【今日の幸せに感じたこと】

1.天気が悪かったが、新緑がきれいだった

2.自分で作った弁当がおいしかった

3.仕事仲間と楽しく会話ができた

 

 

一緒に乗り越えよう、あたたかいヒナタはきっとあると思う。