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墨俣・まちのリビングProject

墨俣の築50年の洋館建築で
町家暮らしをしています。
低価格、低予算で快適生活を。

近江八幡まで空き家再生事業の学習会に参加してきました。

http://machiyade.exblog.jp/18149664/
これです。

行く途中、彦根で追突事故をしてしまい、結局ほとんど聞けませんでしたが、
講師の方が終わってから個別レッスンをしてくれました。
感謝。

概要ですが、

空き家を所有すると、
 A)火災などで資産を失う
 B)倒壊などで損害を与え、賠償することになる
リスクがあります。
それを解消する(リスクを分散する)のが、
 A)保険
 B)貸す
で、特に貸すことは収入にもなるし、もっともよい方法であると
とてもわかりやすく教えてもらいました。

会場には所有者と思われる方が数人おられ、
熱心に話を聞いていました。
やはり貸すとなるといろいろ考えるようで、なかなか踏み出せないみたいです。
安心できる保険に入ることで貸すことに対する不安が軽減されるなら、
それもアリだと思いました。
もっとも、それ以外のことも、特に契約や修繕などもネックになっているので、
管理会社みたいなのがあった方がいいのかなぁなどと、考えながら帰りました。
ずいぶん久しぶりの更新になってしまいました。

中小企業診断士試験の1次試験にまた落ちて、
それから仕事三昧の日々。
来年度の新しい仕事(非常勤ですが)も舞い込んできて、
てんてこ舞いな秋でした。

そんな慌しい生活でしたが、一息ついたときのほっとした写真をご紹介。
今年は紅葉が綺麗でしたね。

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庭のバジルを収穫して、干しました。とても香りが強くてビックリ。

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改修工事の後始末がなかなか進まなくて散らかっている庭ですが、
花はこの通り、けっこうきれいに咲きました。

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近所の一夜城です。紅葉、きれいですね。
昨日、試験勉強の気晴らしに大垣市立図書館に行き、貴重資料の閲覧をしてきました。
そこで気づいたことをいくつか。

1)大垣藩には一刀流(いわゆる唯心一刀流)と外他流がある。
外他流の目録を読むと、
 表
  天狗所
 裏五天
  天地
  妙剣
  絶妙剣
  真剣
  金し鳥剣(しは漢字)
  独妙剣
とあり、「天狗所」と「天地」を除いて、一刀流の目録そのまま。
天狗所というと、新陰流の「天狗勝」を連想させます。
一刀流の方は、
 表五段
  電光
  明車
  圓流
  切留
  飛鳥
と他の一刀流とは明らかに違う、唯心一刀流オリジナルとなっています。
また、どちらも古藤田家から正木家や梶川家に伝えられています。
上石津の旗本、高木家が正木家に
「一刀流劔鎗諸術并先意流薙刀御相伝誓約之覚」を提出しており、
http://libst1.nul.nagoya-u.ac.jp/infolib/meta/MetDefault.exe
黒野の松木家に正木太郎太夫の弟子の大野理忠太が一刀流剣法と
先意流薙刀術を伝えていることから、
正木家も唯心一刀流を「班外部のもの」に指南していたのかもしれません。
加えて、中津藩の外他流がどういうものか気になるところです。

2)一刀流の槍術
大垣藩の一刀流の特徴としては槍術があります。
これも古藤田家から正木家と梶原家に伝書が発行されている。
極意目録には、
 中極
  随的
  風流
 極意
  流星
  制電
  活機
 入身相
  機勢
  随縁
  圓強
 諸勝負相事
  太刀相之事
  多勢相之事
  闇夜之事
  馬上之事
  横手相之事
  前後攻守之事
  五段之位乗拍子之事
という感じで、剣術とはかなり違った様子。
また家老の戸田縫殿には「t-39-1-234 外他流古伝之一通り伝授之巻」として、
この「入身相」以下の部分と、剣術の外他流を合体させた巻物が
伝わっています。
ただ、巻物の頭の部分がないので、
「入身相」以前も本当は掲載されていたのかもしれません。
で、この一刀流槍術のおもしろいところは、
古藤田家6代・彊兵衛が梶川家に発行している槍術伝書(1774年)に、
従来の「一刀流槍目録並序」では、
 表五段
  天
  中
  地
  陰
  陽
 裏真五段
  紅葉
  柳雪
  稲妻
  清山
  直的
 入身相三段
  素影
  激水
  渓船
 十文字三段
  清鏡
  環?
  遠山
 長刀槍相三段
  東西切
  須勢
  殺剛
 同太刀相
  風鳶
と書いてあるところ、この後ろのところに更に、
 鎗からし
  びりゅう(くずし字なので推測)
  こりゅう(同)
  とどめ
  あんや 左右
とあることです。
これは、正木利充宛の巻物(1713年、古藤田4代、又八郎から)には
 鑓太刀相五段
  嵋流
  胡流
  留
  闇夜 左右
と書かれており、なぜわざわざひらがなで書かれているのか気になります。
そして、「鎗太刀相五段」が「鎗からし」に変わった謎。
「からし」と言えば、「辛らし」か「枯らし」が思いつきますが、
大垣藩・武術と言えば、やはり正木利充。
彼の先意流薙刀術の最初の技が「加羅志」でした。
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ke05/ke05_01034/ke05_01034_0001/ke05_01034_0001_p0001.jpg
おそらくは、古典的なギャグ「こしょうでくしゃみや涙が止まらなくなる」
を地で行く技かと思われますが
(和からしを使ったのか唐辛子を使ったのかは分かりませんが)、
それではないかと思います。
というのも、「からし」の技を大垣藩に伝えたのは正木利充。
なので、正木利充の受け取った伝書には当然、「からし」はないわけです。
それから時代が下ること60年。
先意流薙刀術が藩内に広まったことを受けて、一刀流槍術も
「からし」の技を導入した、と考えることができると思います。

というわけで、大垣藩の一刀流剣術、外他流、一刀流槍術の研究が
やっとはじまりました。
まだまだおもしろいことが分かりそうでワクワクしています。

受験勉強もしなきゃな、ハァ。