先日、職場でAI翻訳が話題になりました。
私の今の仕事では、国際的な会議の現場で同時通訳やAI翻訳が導入されることがあります。
私は以前、発表者のプレセンテーションスライドにAI翻訳で日本語字幕がついたのを見たことがありますが、発表者の話が進むにつれ、字幕が変化していくので読みづらいと思いました。
専門的な知識がないので日本語であっても内容はわかりません。それでも英語自体は難しくなかったので、TOEICで700点くらい取れる人であれば、聞く方に集中した方がわかりやすいのではないか、と思ったほどです。
ただ、同僚曰く、参加者には非常に評判がよかったそうです。
専門用語の訳も的確で精度が高い、と。

これを聞いて私は複雑な気分になりました。
参加者、当事者がそう言うなら、これからはAI翻訳の時代になるでしょう。
まず、導入コストが人間の通訳者と比べて非常に安いです。
人間の通訳者の場合は、1人が集中して翻訳できる時間が15分から30分ですので、複数人手配する必要があります。
そして、周囲の音を遮断し、発言者の声だけを拾えるように機材やブース(会場内に作る個室)も用意しなければなりません。
ここまでは私には直接関係ないのですが、個人的に影響が大きいのが、
人間の通訳者の場合は、事前に発表者に資料を集めて提出しなければならないということです。

発表者がどんな経歴を持っているか、どんな内容の発表をするのかを知ることが正確な通訳に欠かせないからです。
プロの通訳者は、その案件のために新たに覚える単語は通常40くらいで、それ自体はたいしたことはないと言います。
問題は、参加者や発表者にとっては「常識」となっていることについて理解しておかなければならないということです。

たとえば、次の英文の意味はどうなるでしょう?

A: Do you copy? I'm out. Cover me!
B: Copy that.


単語自体はどれも簡単ですね。英語学習して半年以内に習うようなものばかりです。
何の前提情報もなければ次のように訳すでしょう。

A:あなたはコピーしますか? 私は外にいます。私を覆ってください。
B:それをコピーします。


意味不明です・・
ちなみに"I'm out."は文脈によっては、仲間として一緒にやってきたことをやめる、いち抜けた! 降りる、という意味になります。(その反対に、一緒にやる、仲間に入るときは "I'm in."です)

上記の会話がもし、銃撃戦の最中に、仲間や司令部と無線で話している兵士や刑事だとすると、こういう意味になります。

A:聞こえるか? こっちは弾切れだ。援護(射撃)してくれ!
B:了解。


そう、どんな人がどんな場面で使うかで単語の意味は変わってくるのです。
辞書に載っている訳語ならどれでも適当に使っていいというものではありません。

ですから、通訳者に事前に資料を渡すことは極めて重要なのです
・・が、肝心の発表者はなかなか資料をくれません。
理由は主に次の3つです。

1.忙しい
2.発表スライドを作成するのは発表日の直前(これは最新の情報を盛り込みたいということもありますし、単にギリギリまでやらない性格ということもあります)
3. 通訳者は、何でもその場ですぐに訳せると思っている

この3番が一番やっかいで、「参加者の4分の1は日本人で、中国人や韓国人の中にも英語より日本語の方が得意な人も多くいます。この人たちに、先生の発表が正確にわかりやすく伝わることが、この会の価値を高めることになります」
などと、早く提出してもらえるように伝え方を工夫しないといけなくなります。
本番直前の忙しい時期に、こういう連絡を何度もしないといけないというのは、正直なところ、かなり負担です・・

それがAI翻訳の場合はなくなるのです!
すごく楽です!

でも、プロの通訳者や翻訳者というものを大いに尊敬している私としては、彼らの活躍の場がAIに奪われるのは極めて無念です。

それではこれからどうなるか?
私は、人間の通訳者の活躍の場は、「言葉の意味」と「真意」が一致しないところの通訳・翻訳となると思います。

私の学生時代の英語の先生が、法廷通訳の経験談をしてくれました。
「出稼ぎに来ていた日本語はできない、英語もあまり得意でないアフリカ出身の人が、窃盗の疑いで逮捕されて裁判になったの。結局、誤認逮捕であることが証明されて無実の判決が出たの。裁判長が被告に、最後に何か言いたいことはあるか、と聞いたとき、その被告が涙を浮かべて『Go home soon』と言ったのよ」

そのまま訳せば「家/国にすぐに帰れ」と相手に言っていることになります。

「考えてみて。言葉の通じない外国で、無実の罪で逮捕され裁判にかけられた・・彼は不安と恐怖で心細かったでしょう。その人がようやく自由になれるとわかって涙ぐみながら言ったのだから、『私は早く家/国に帰りたい』という意味よ」

また、別の先生からは、同じく法廷通訳のこんな話をしてくれました。
外国人が酒場で酔っ払って口論となり、喧嘩を始めて相手に怪我をさせた。
このとき「殺すぞ!」と叫んだのが殺意があったということになるのか?
この話を聞いていた教え子たちからは
「大阪弁なんかだと、殺意がなくてもそう言ったりするでしょう?」
「でも、はっきり殺すぞって言ってるし・・」
という意見が出ました。

どちらも文法的に正しく訳して、真意を伝えることになるのか?
文化的な背景、そのときの状況、当事者の性格、立場・・AIはこういったことを考慮できるようになるのでしょうか?
なるとしても極めて複雑で、数学の公式のようにパターン化できるとは考えにくいです。
これこそ人間でなければできないと思うのです。