じいちゃん関連投稿2発目!
 
 
 
 
 
今日はお通夜、
お通夜とは、
夜を通して故人と
最後の夜を過ごすことが
そもそもだったらしく。
 
 
葬儀場に泊まることになった自分は
まさにお通夜をするのも
不可能ではない現在。
 
 
じいちゃんの最後の
顔をしっかりと目に焼き付けようと
1人祭壇のとこにいるのである。
 
 
親せきはやっぱり
口々に言う、
「本当におまえは可愛がられたんだから。」
 
「本当にじいちゃんは、良いじいちゃんだったよな」
 
前回のブログでわかってた!
みたいなこと書いたけど、
だんだん、本当の深さをわかってなかったんじゃないか?
って思い始めてしまった。
 
 
俺が思ってる、認識してる以上に
多分めっちゃ、可愛がってもらって
思っててもらったんじゃないかって
本当に感謝の思いがいっぱいです。
 
涙が本当に止まらない。
 
だから、
できるだけ多くの発見とか
学びとか、心への衝撃、
再認識、を
得たくて
時間ギリギリまで
じいちゃんの姿から何かを感じ取りたい。
 
なにかを感じなくなってしまう前に
より多くのことを感じたい!!
 
最近思う。
何より1番辛いのは、
強く思ってた気持ちを、
もう強くは持てないことなんだって。
たとえ、その気持ちがツライとかだったりしてもだ。
 
 
 
さて、
本題に沿った話をしていこう。
 
 
じいちゃんの顔は
今にも起きそうな
すごくすごく安らかな顔をしている。
 
身構えてた死顔とは程遠くて
すごく安心する。
 
じいちゃんの顔はすごく安らか
とても気持ち良さそう。
生きてる人達の多くよりずっと幸せそうだ。
 
 
え?
なんでだよ?
 
 
 
なんで生きてる人達の方が
つらそうなんだよ。
いや、理由は知ってるよ。
でも、それおかしくないか?
 
 
死んでしまった人に対して
生きてれば良いことあるよ!
って言いたくなるじゃん。
 
 
生きてればいいことあるって
わかってる人は多いのに、
どうして、いつもいつも辛い顔してるんだい?
 
 
自分もそう。
ツライことはしょっちゅうあって、
ちょっと油断すれば
すぐ顔はツライ感じになる。
 
 
 
いやだ!
 
 
 
 
じいちゃんは
すごく可愛がってくれたんだろ!
大人になってもそう見守ってくれてたはずだ。
じいちゃんは、
じいちゃんだけでない、多くの人は
俺、俺らの幸せを願ってずっと愛情を注いできてくれたはずなんだ。
 
 
だから、
俺はそんな思いをしょって立って、
絶対幸せになってやる!
どんな時もどんな状況でも生きてりゃハッピーだし、
これもハッピーって言える力を
もっともっと磨いていきたい!
 
 
 
それが孝行だから!
 
 
 
だから、
私がどんな状況でも
明るく楽しく朗らかに幸せに強く生きたい理由は、
多くの人の愛情を背負ってるから!
 
 
他人を愛したいから!