もかのコトバ遊び

もかのコトバ遊び

響いたものや思い出を、つらつらと。

Amebaでブログを始めよう!

今日居合わせた人たちが歌っていた歌。

感謝感謝
おいしい空気
感謝感謝
平和な夜に
感謝感謝
おいしいごはん
感謝感謝 感謝感謝

そこは本当にミックスジャンルで、
人種も、生活も、性格も、
でも、みーんな

かーんしゃかんしゃー♪
へーいわへいわー♪

と歌っていて、素敵な時間だった。

もうすぐクリスマスだねー♪
キラキラしてて好きです。


ツイッターで、日本語と英語の同文字数における
情報密度の話を見かけたことがあった。

日本語の140文字と英語の140文字では
くらべものにならないほど日本語の方が情報密度が高い。
それは全てのアルファベットが1文字とカウントされてしまうからで、
日本語は漢字1文字でも1文字。

確かに

会社(2文字)
company(7文字)

協会(2文字)
organization(12文字)

Supercalifragilisticexpialidocious(数えるの面倒笑)

・・・確かに。

だから日本ではツイッターは情報発信ツールになるけど、
諸外国では思いを込めきれないため文字通り
「つぶやき」レベル。

でもそれは○字という制限を設けた場合の話。
歌の場合は、英語の方が深くなる。

ありきたりになるけど、アナと雪の女王にて。
【ネタバレ有】

氷の魔法を使って山奥に城を建て、孤独に、しかし自由に生きることを選択したエルサ。
彼女は祖国を永遠の冬にしてしまったことを知らない。
自分さえ祖国を離れれば、皆は平和に暮らせると思ってた。

でも祖国は凍ったまま。姉を説得して夏に戻してもらおうと、
氷の城を尋ねた妹、アナ。

祖国の事実を知らされ、氷の溶かし方など知らないエルサはパニックになる。
そんな辺りの歌。

Oh I'm such a fool, I can't be free!
No escape from the storm inside of me!
I can't control the curse!
Ohhhh, Anna, please, you'll only make it worse!
There's so much fear!
You're not safe here!
AHHHHH...I CAN'T!

訳してみると、

あぁ私はなんて馬鹿なの、自由になれない
自分の中の嵐から逃れることができない
呪いをコントロールできない
あぁ!アナやめて、あなたは余計状況を悪くする
とても怖い
ここにいてはあなたが危ない
・・・出来ない!!!


一つの音符にescapeとか乗せちゃうから、
情報量が増す。

さてここで同じ歌の同じ部分の日本語ver。


あーひどいわ悲しい
何もかも無駄だったの
無意味だったの
おー私に出来ることは
なんにもない
危険なだけ
ああ やめて!


この違い。
この違いが、洋楽好きな人の、所以なのでは?

歌詞が深い、とかよく聞くけれど、
つまりずばり、量が実際多いのです。

日本語ver.だと、エルサがちっとも
アナの身を気遣えてないものね。



CDを売った。
そのときに、なんとなくもう聴けなくなるのは嫌で、
やっぱりiTunesに落としてから売った。笑

それを今日、流しながら自転車に乗っていたら、
涙がこぼれた。


---
君の全てを僕の自由にしたくて
ずっと大切にしてたわけじゃない
だから何も信じられなくなっても
僕を試したりしなくていいんだよ

いいさ
落ち込んで誰かを傷付けたいなら
迷うことなく僕を選べばいい
寂しさの嵐の後で
君の笑顔を探してあげるよ
---


聞き慣れているはずなのに
歌詞を「聴いて」いなかった曲が、
心にぐいっと語りかけることがある。

私は読書が嫌い。

それは、本を読むとその世界へ入り込み過ぎるからだと思ってる。


本って、「あぁ、いい話だったなぁ」か「うぅ、なんて悲しい話」か、
表紙や題名だけで予想がつかない。

音楽でいう視聴のようなことが出来ないから、本という出合いは
私は別に求めていない。


でも、ストーリーのない本は好きかもしれない。

一時期、英語の詩集をパラパラとめくることにはまった。
そして、気に入った詩を和訳するのが好きだった。

日本語は好き。
でも、英語を和訳した途端に、決定的な何かが損なわれる。

その画素数の悪くなった写真のような日本語を、
もっともっと英語に近づけたくて、日本語を探すのが好きだった。


私が昔書いていた日記は、そんな私を思い出させてくれる。



Isn't it splendid to think of all the things there are to find out about?
It just makes me feel glad to be alive it's such an interesting world.
It wouldn't be half so interesting if we knew all about everything, would it?
There'd be no scope for imagination then, would there?

見つけ出すべきものがあるって、素晴らしいことだと思いませんか?
そう考えるだけで、私は生きていて良かったと思える、ここはそんな面白い世界。
もし私達があらゆることの全てを知り尽くしてしまっていたとしたら、世界はきっと半分も面白くないでしょう。
そうしたら、想像や空想は存在意義を見失ってしまう。
そうでしょ?


今までで、心の底から
「貴女の字は美しい」と言ってくれた人がいる。


それは、大学時代、お世話になったとある教授。

私は文系、社会学を専攻していた。
このご時世、学生の課題レポートはほとんどがワードファイル。
どんなに思いを込めようと、その文字は、躍らない。

その教授は、日本文化専攻であると同時に
英語科目も担当していた。

そこで、教授と、日本文化の一般科目では活字で接し、
英語科目では手書きで接した。

和訳、英訳、Write your opinion in ○○ words、、、

教授は、何故か英語科目では確かに手書きばかり生徒にさせていた。
試験も全て、筆記だった。

そこで私のfeelingやpassionが、どうやら躍っていたらしい。

何も思うことはなく、履修し、単位を取得しただけのこと。
楽しい講義だったなぁと、その程度だった。

でも、卒業式後の学科パーティーの席にて、
少々お酒の入った教授が私のところへやってきて、

「あなたの文字は今まで見た中で一番美しかった」

と声を掛けてくれた。
そんなことを言われたのは初めてで、少し照れくさかった。

「字は人を表す」と言うし、まるで告白されたようで。
優しい表情のおじさん教授、その笑顔をよく覚えてる。




手書き文字は、感情と連動する。
うきうきしているときは文字も跳ねて、少し大きく
落ち込んでいる時は文字も静かになり、縮こまる。

だから私は手書きが好き。
今こうして活字でそんなことを発信するなんて
矛盾しているけれど。

優しい人でありたいと思う。
だから私の文字からも、優しさが溢れているといいな。

あるいは、美しいと言ってもらえた文字なのだから、
私自身の内面が美しくあることを願う。