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リーンのガラパゴス批評~“この国のかたち”はどこへ行く。

“3.11”の衝撃を受け、日本は大きく舵を切ろうとしています。この国のかたちを見据えるため、震災と原発について書く時事批評ブログに変身します。文章を書くだけのブログに何ができるでしょうか?

 TPP、環太平洋パートナシップ協定。


 これが日本に与える影響がいかなるものか、正直なところ分かりにくい。よくいわれるのは、


1、農業の分野で自由化すると国内の農家が打撃を受ける。


2、医療保険や診療制度において国民皆保険などの制度が破壊される恐れがあり、保険診療も過剰な変革を迫られる。


3、郵政事業における郵貯の金融資産を“外国”に使われる恐れがある。


 といったところでしょうか。


 3、のところでわざと“外国”と書きましたが、言うまでもなくこれは


 アメリカ合衆国


 のことです。1、2、3、と書いてきた影響はつまるところアメリカから受ける負の影響ということでしょう。


 このTPPはWBCとそっくりだと思います。アメリカによるアメリカのためのアメリカ主導の枠組みという意味で。


 WBC。ワールド・ベースボール・クラシックのこと。


 来春に第3回を迎える国際的野球のイベントは、我が国では監督、コーチの陣容が決まり、選手の編成が着々と行われているところだ。だが数か月前はプロ野球の選手会がWBCの参加を拒否する寸前まで話を進めていた。これは大会の収益の大部分がメジャーリーグに入ってしまうことや肖像権の使用などで日本の思うとおりにならないことに選手会が危惧を抱いたというのが理由だといわれている。WBCは結局のところメジャーリーグのための大会というのが実像である。世界一決定戦とは程遠い内部構造、アメリカ主導の枠組みの大会なら私は不参加した方がいいと思っていた。五輪やサッカーのW杯と違って成り立ちがいびつすぎる。


 アメリカ主導でつくられた枠組みは過剰なほどにアメリカ一国の利益を追求するものだ。この国は他国の国権を変えようとするほどに思考や枠組みを押しつける。今日(12月12日)に実質的なミサイル弾を打ち上げた北朝鮮に対してもその政治体制を変えようとしているかのような、おせっかい的自由主義をひろめている。それがアメリカ合衆国。


 日本はアメリカのおせっかい主義にまともにNOといったためしがない。普天間問題もしかり、そしてTPP問題もしかり。今の日本がアメリカと是々非々でやっていけるとは思えない。政治家が将来展望をまともに示さずに賛成か反対かを声高に述べている現状では参加交渉に入ったら取り込まれてしまうんじゃないだろうか。というわけで日本の政治家不信がぬぐえないのでTPP参加は反対です。2国間協定で品目ごとに細かく関税の率を定めればいいのではないか。農業の問題は政府が農家に資金的な優遇を示したり、企業が農業に参入しやすくするなどの方策を示すことのほうが早急にやらなければならないはずだ。


 ところで、原子力発電を洗脳するかのようにキャンペーンを行うために日本の窓口になったのも、WBCの日本での開催や広告宣伝をしているのも、いずれも讀賣新聞社が行っている。前者は正力松太郎氏が率先し後者は渡邊恒雄氏が実権を握っている。もしや、讀賣はアメリカの手先!?

 日本という小さな国でありながら、さらに国土を切り刻むような道州制は結局国力を弱めることにしかならない。道州制、要は今の日本の中に国を作るという理解でいいのでしょうかね。特に、今回取り上げる道州制というか地方分権には反対です。


 消費税を地方の税金に充てる、という政策を掲げているのは日本維新の会だったと思いますが、この程度で地方の財政が潤うということはなく焼け石に水のような気がします。それに道州制になったら、隣の州の税金からお金を拠出してもらえるわけでもないでしょうし、州ごとに違った制度が出来ていくことで格差が広がってしまうのではないかと。


 地方ごとに国を作ったとしても、今の日本はどこもかしこも議会制民主主義を採用している。道州にしてもしがらみがない政治ができるとは思えないし、地方であっても市や村の地区単位で立候補しているのでその土地の小さな利権が絡んでくるだろう。村の村議会議員の選挙でも、候補者が自宅に隣近所の方を招いて接待をするわけだし、選挙風土が変わらないのに地方単位で国を作ったらそれでいまくいくなんて考え方がおめでたすぎますよ。


 不躾な言い方ですが、未来小説の題材にはなりそうですけどね。でも、やっぱり道州制は反対です。それよりも日本単位で国力を高めていくことを考えた方がいいのではないでしょうか。

 各党の政策を見たところで、それぞれ賛成か反対かを言っているだけ。具体的な将来像を提示しているものはまったく見られない。世の中に漂う閉塞感を打ち破りそうな政治家は、正直なところ私には見えてこない。

 沖縄の普天間基地移転。


 被災地のがれき処理受け入れ。


 福島県民の健康問題。


 選挙の争点にはほとんど上らない。


 これらに関わっている人は、


 政治から見捨てられていると思うんじゃないだろうか。

 今回の衆議院議員選挙は“改革”流行りだ。


 議員の定数削減。


 公務員の給与カット。


 事業仕分。


 改革とは、つまるところ無駄の削減である。


 世はデフレ不況の真っただ中である。巷にあふれる商品の値段は下がり安売りが当たり前だ。企業はお金を貯めこみ、切り詰めながら社員の給与に回している。だが、商品が売れない、値切った商品を売らざるを得ない、となれば給与をカットせざるを得ず、やむなくリストラをする羽目になる。大企業なら時価総額が膨れ上がっていいだろうと思うかもしれないが、たとえばソフトバンクなどは扱っている商品が日進月歩を宿命づけられている携帯やiPHONEといった電子機器を扱う企業であるために企業買収をして会社組織を巨大化しなければならない宿命にあり、そのために会社に莫大なお金を貯めておく必要がある。昨日のBSフジ「プライムニュース」に出演した共産党委員長は


「大企業のお金を中小企業に回してほしい」


 と言っていたが、企業が生き残りをかけて壮絶な利益創出戦争を仕掛けなければならないのにお金を回せるはずがない。志位さんは民間企業の深刻さを分かっているのだろうか。


 給与が安いのに生きていくためには働くしかない。必要なお金を得られない。となれば、家計を切り詰める。家計簿をつける。無駄使いをなくす。毎日レシートを見ながら残りの金額の計算をする。一ヶ月経って、スズメの涙ほどの貯金が出来てホッと一息。だがやむを得ない支出があれば一気に家計は火の車となる。デフレの世の中、企業も家庭も赤字になれば破たんという現実が覆いかぶさってくる。切り詰めるって、息がつまった気分がする。今の私みたい!?


 ところが国政の世界では改革ばかりを連呼している。小泉内閣時代は官から民へ、といって任せられるものは民間に任せてきた。政治が志向しているのはお金を産み、収入を増やす方法を作ることをやめて、家計簿をつけて国の家計を切り詰めることばかりしている。これでデフレから脱却できるわけがない。


 では、国ができるお金を産む方法と言えばなんだろうか?


 公共事業


 をするしかないだろう。仕事を創出して雇用を産み出すしかないのでは?国費を投入するから給与も安定するだろうし、仕事もなくならない。民間が生き残り戦争をしているのだから、国が安定した事業を広めることが必要なのではないか。仕事がなければ、安定した給与がなければ、デフレから脱却はできない。